水害の危険地帯だった「月島・勝どき」が誰しもうらやむ“住みたい街”に大変身した歴史的経緯

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水害の危険地帯だった「月島・勝どき」が誰しもうらやむ“住みたい街”に大変身した歴史的経緯

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県庁坂のぼる

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「住みたい街」として知られる月島・勝どきエリア。そんな同エリアですが、実はかつて水害の危険地帯だったことをご存じでしょうか。その歴史について、フリーライターの県庁坂のぼるさんが解説します。

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    勝どきのタワーマンション(画像:写真AC)
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    明治初期の地図(左)と1909(明治42)年に測図された地図(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)
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    1909(明治42)年に測図された地図(左)と1917(大正6)年に測図された地図(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)
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    1917(大正6)年に測図された地図(左)と1966(昭和41)年に改測された地図(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)
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