学生が新歓コンパで「濃厚接触者」に 都内の大学教員が対面授業で身の危険を感じる笑えない理由
新型コロナ感染拡大で、オンライン併用シフトが進む大学授業。そんななか一部の大学教員は対面授業で身の危険を感じているといいます。ライターの越野すみれさんが解説します。オンライン授業の1年間を経て 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2020年度、ほとんどの大学生が1年間自宅でのオンライン授業を余儀なくされました。 2021年度になり、4月からは演習といった少人数のものを中心に対面授業が再開されています。 しかし、学生だけではなく教員の側にもさまざまな不安があるようです。現状を探りました。 オンラインか対面か…揺れる大学 先日、とある大学の学生が大学を相手取って訴訟を起こしました。「オンライン授業で学校のみで大学の施設も使っていない」「大学は義務を果たしていない」と学費の返還分を含めて、計140万円の損害賠償を求めたのです。 たしかに、登校が禁止されていれば大学内の施設を使えません。しかし、大学という「箱」を維持するためには多額の費用が必要です。学生が登校しないからといって、図書館は本を買うのをストップするわけにはいきませんし、オンライン授業を行うために投資を行った大学がほとんどでしょう。 ネットなどでは「オンライン化 = 学費を少なく」という意見が多く見られます。しかし、そう簡単に値引きをするわけにはいかない現状があります。 学費の返還・減免については2020年大学のオンライン授業が始まった当初から取りざたされており、5月には明治大学(千代田区神田駿河台)の大六野耕作(だいろくの こうさく)学長がそれにこたえるのが難しい旨を「本学の学費に対する考え方についての学長メッセージ」としてまとめ、ホームページ上で説明しました。 苦悩する大学教員のイメージ(画像:写真AC) ほかにも多くの大学で学費に関する説明が行われています。しかしそれでも満額納めることへの抵抗感が強い学生や保護者らも多く、自宅のネット環境整備のためなどとして、学費の一部を返還した大学もありました。 一方、文科省が2020年度の大学・短大の中退者は前年度より1.6万人も減ったというデータを発表しました。通学しなかったことで、友人関係などの悩みから解放された大学生もいたのではないでしょうか。 いずれにせよ、技術力などを基に、授業をいち早くオンライン化した大学が当初はもてはやされた一方、学生や保護者などからの反発、文科省からの対面授業再開の求めなどで、大学側は都度対応を強いられています。 大学は学生を一番に考えねばなりませんが、大人数の学生を抱えて途方に暮れる大学職員や教員は、悩みが続いています。 オンラインの向き不向きもオンラインの向き不向きも 大学生の側からは「オンライン授業は対面授業より大変だ」という声が聞こえてきます。これは、オンライン授業に慣れない教員が、課題を多く設定する場合が多いためです。 例えば理系の教員や若い教員などは、ふだんからパソコンを使った講義に慣れています。しかし、特に人文系のベテラン教員はいまだに紙のみで資料を配布している教員も少なくありません。 突然オンラインになって苦労しているのは大学生だけではなく、教員も同じ。存在は知っていても使わなかった学内システムを使って、慣れないパソコンで作成した資料をオンラインで配布するのは難しいようです。 大学生のオンライン授業のイメージ(画像:写真AC) また、文学などの授業では縦書きを多用するため、これもネックとなっている可能性があります。パソコンなどは基本的に横書きが基本。古典などを縦書きで表示したい、書き込みたい……タブレットや専用のペンを使えばそれほど難しくないのですが、なかなかそれを教えてくれる人もおらず、心が折れてしまう教員もいたでしょう。 システムが整ってさえいればオンライン化は簡単……というわけではないのです。 教員は感染リスクが高い? 2021年4月からは、対面授業とオンライン授業のハイブリッド型を採用した大学もありました。しかし、これも考えものです。1日のうちに対面授業とオンライン授業の両方を受けねばならない学生が多数発生し、パソコンにイヤホンを接続してオンライン授業を受ける学生で空き教室がいっぱい、反対に密状態になっているところも少なくありません。 また5月の緊急事態宣言時には、一時的に対面を中止し、すべてをオンラインにした大学も多かったことがわかっています。都内の大学教員の男性は演習で発表をさせるつもりが、大学に立ち入り禁止となり、学生が図書館で調べ物をすることが不可能になったため、指導に苦慮したといいます。 またこの男性によると、受け持っていた学生から欠席届があったため理由を聞くと「新歓コンパで感染者が発生し、自分も濃厚接触者に認定された」とのこと。このご時世に…と思いますが、こうした事例は少なくないそうです。 そうでなくとも、目の前にいる学生が無症状の感染者である可能性を考えると背筋が冷えると話します。この男性は50代ですが、さらに高齢の教員は重症化リスクも高いので、不安が尽きないとか。学生のために対面授業をすることは、危険と隣り合わせでもあることは否めないのです。 ワクチン接種と生徒の単位ワクチン接種と生徒の単位 2020年は感染者が発生した大学はネットニュースなどでも大きく取り上げられていました。しかし現在は慣れもあってか、よほど大きなクラスターにならない限り、大学のホームページなどに掲載されるにとどまっています。しかし、若い世代である大学生の感染は実際に起こっており、なかなかゼロにすることは難しいのが現状です。 「最寄り駅で路上飲み会をしている若者すべてが自分の大学の学生とは限らないため、大学で取り締まるのも難しいでしょう。自覚を促すしかありません」と男性はいいます。 頼みの綱はワクチンです。しかし、期待された大学での接種は進みそうにないのが現状。7月2日(金)、河野太郎行政改革担当相が会見し、申請済みだが未承認の職域ワクチン接種について、実施が8月9日以降となることを示しました。 大学での接種も同様に遅れることが判明し、医療系の学部を持つ大学のほか、早稲田大学(新宿区戸塚町)、上智大学(千代田区紀尾井町)など、すでに独自の接種を開始している大学以外では、学内で夏休み前に接種を終わらせる見込みが断たれました。 ワクチン接種のイメージ(画像:写真AC) 男性は、運よく本務校以外の出向先で接種を受けられることになりました。また、65歳以上の教員はそれぞれが住む自治体での接種を受けているそうです。しかし、若手教員は「まだ接種券が届かない」「接種券は届いたけれど、予約できる会場がない」と嘆いているとのこと。あきらめムードも漂っているといいます。 一方で、ワクチン接種が可能な大学の学生がみんな接種を受けるかというと、そうではありません。男性が学生に聞いてみると「え、先生は受けるんですか?」「私はまだ決めていません」と反対に驚かれたとのこと。「若い世代ではウイルス感染よりも副作用への恐怖が勝っているのかもしれません」といいます。 かといって、「特別な理由がない限り、ワクチン未接種者には単位を与えない、などといえるわけもありません。ワクチンが危険ではないという保障もできないわけですし」と頭を抱えます。こうした点も大学を悩ませているのが現状です。 尽きそうにない大学側の悩み尽きそうにない大学側の悩み 各大学はそろそろ夏休みになります。大学生に夏を楽しんでもらうためにはワクチンを接種してほしい……もしものことがあっても、夏休み明けの自分の身を守るために教員だけでもワクチンを接種したい……もちろんワクチンを打っても感染しないわけではありませんが。「大学で講義をすることが命がけになるなんて思いもよらなかった」と考えている大学教員は少なくないのです。 ・密になって登下校しない ・サークルなどでの飲み会を控える いましばらくはこれらを守ったうえでワクチンを接種する、これらの条件を満たさないのは危ない大学といえます。 「密」な大学生イメージ(画像:写真AC) それでもマスクをしてはいるものの駅で待ち合わせておしゃべりをしながら登校し、お酒を飲まないまでも、下校途中の空腹を友達とラーメンを食べて楽しんで下校するような風景は各所で目にします。しかし、それを取り締まることはできません。 キャンパスライフを楽しみたい大学生と大学運営の在り方――。それぞれに言い分があり、模索が続いています。東京にあまたある学生街も葛藤の渦中にあるでしょう。 お互いがWin-Winの状態で、未来を担う人材の育成や研究の発展をかなえるにはどうすればよいのか。心配することなく対面授業に臨むにはどうすればよいのか。まだしばらく大学生と大学側の悩みは尽きそうにありません。
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