遠くに行くだけが「旅」じゃない――外出自粛で感じた、散歩という身近な「旅」の愛おしさ
外出自粛のコロナ禍で、何気ない散歩や街歩きの良さを改めて感じた人は多いでしょう。紀行ライターのカベルナリア吉田さんが自らの「散歩哲学」を通して、それらの魅力について解説します。東京の散歩の記事を書く理由 僕(カベルナリア吉田。紀行ライター)は普段、沖縄や島を旅して、地元東京の小さな街も歩いて紀行文を書いています。しかしこの春はコロナ騒動のせいで、「旅」も散歩も我慢の日々。せめて家にいながら「散歩と旅」のことを、少し書いてみたいと思います。 そもそも僕は「沖縄」が執筆のメインテーマなので、「沖縄の本を書く人がどうして東京のことを書くの?」とたまに聞かれます。ときには「旅人じゃないの?」と聞かれることも。 散歩にはリュックサックが必須(画像:写真AC) 東京の散歩の記事を書く理由は、いくつかあります。 まずはいま住んでいる東京について、けっこう知らないことが多いんです。だから歩いて勉強して、得た知識をほかの人にも伝えたいと思っています。あと沖縄の取材ばかりしていると、正直旅費がかさんで……(笑/涙)。余計な話ですね、これは。 とにかく東京も狭いようでけっこう広いし、実にたくさんの街があります。 そして東京に住んでいても、実際に出掛ける街はほんの数か所。銀座に新宿、渋谷に池袋、上野に品川、浅草くらい。じゃあ、それ以外の行ったことのない街を歩けば、何か面白いことがあるんじゃないかーーそう思って、東京のいろいろな街を歩いているわけです。 遠くに行くだけが「旅」じゃない 歩く街を選ぶとき、僕はまず鉄道の路線図を眺めます。 東京の路線図(画像:写真AC) 東京は狭いけれど、鉄道駅の数は全国の都道府県で一番多いんです。そのそれぞれに駅前風景があり、たぶん多くの駅前に商店街が延び、小さな居酒屋に赤ちょうちんが揺れて――そんな光景を想像すると、小さな駅で降り立って、駅前を歩いて見たくなるんですね。 なるべく特急や快速などの優等電車が止まらず、普通列車しか止まらないような、小さな駅を選びます。あとチョロッと枝分かれした支線の駅とか。そんな風にして、東京の小さな街をもう100以上は歩いたでしょうか。 駅が違えば駅前風景もいろいろで、それぞれの駅前散歩を楽しみました。そしてあるとき気づいたんです。東京に住んでいても、東京の小さな街を歩くことは「旅」なんだなと。 「旅」ってなんでしょうか。飛行機や新幹線に乗るのが「旅」? 遠い場所に行くのが「旅」? だけじゃないと思うんです。 スタートは午前10時スタートは午前10時 見知らぬ場所に行き、見知らぬ風景の中に立つ。出会いを楽しみ、意外な発見に驚き、その場所の歴史を知る。それが「旅」じゃないかと思います。 たとえ自分が住む街の、ひと駅隣の駅前でも、そこに行ったことがなければ「旅」です。驚きと発見と、心に残る何かがあれば、近い場所でもそれは「旅」だと思います。 東京の散歩記事を書くとき、僕は訪ねる街を時間ごとに何度も歩きます。 午前、午後そして夕方と夜、時間帯によって街は表情が違うんです。だから各時間帯を歩いて、それぞれで感じた街の表情を記録することで初めて、その街の全容を紹介できるんじゃないかと思っています。 まず午前10時ごろに降り立って、軽く歩いて街の雰囲気をつかみつつ、昼メシ所も探します。そうして決めた店でランチを食べたら、午後は気になった道を重点的に、ゆっくり細かく歩きます。このときカフェなど休憩所を下見しておいて、歩き疲れたらコーヒーでも飲みつつ一服します。 夕暮れ前に、もうひと歩き。このときもし銭湯があれば、必ず入ります。 銭湯の煙突(画像:写真AC) 人が裸になる場所では、街角ではヨソゆきの顔をしている地元の人の、本音の素顔が見えることがあるから。なので東京散歩に出るときは必ず、タオルとミニシャンプーとミニボディーソープの「お風呂セット」を持っていきます。 シャンプーとソープは、コンビニエンスストアで売っているトラベルセットで十分。あと夏場は昼間の散策で汗をかくので、着替え用のTシャツやパンツも、荷物に忍ばせていきます。 醍醐味は「異邦人感」醍醐味は「異邦人感」 さて、汗を流して外に出れば、ほどよく夕暮れ。おもむろに散歩の「夜の部」に繰り出し、居酒屋に突入します。 僕の散歩記事では、ほぼ必ずラスト近くで居酒屋に突入する場面があります。なぜかというと、東京散歩でこの夜の居酒屋突入ほど「旅」を感じる場面はないからです。 街歩きで出会った居酒屋のイメージ(画像:写真AC) 駅前でのれんを出し、赤ちょうちんがポワンとともる、小さな居酒屋がいいです。中から地元の人同士でにぎわっている声が聞こえると、入り口の戸や扉を開けるのも一瞬ためらいますが、思いきって開けます。 「こんばんはー!」……シーン。 見たことがない僕の乱入に、それまでしゃべっていた地元の客たちが一瞬静まり返ったりします。「コイツは誰?」と怪しそうに、僕を見る人も。この「異邦人感」をマックスに感じる瞬間こそ、「旅」なんです。 旅先で出会った店での作法 ここでひるんではいけません。店に「営業中」の札が下がっていれば、誰が入ったっていいんです。 とはいうものの最初からずうずうしく振る舞うと、その後のコミュニケーションに支障をきたすので、入り口に近いカウンターの端っこの席などにオズオズと座ります。「ひとりですが、いいですか?」の一言も忘れずに。 居酒屋メニューのイメージ(画像:写真AC) いきなり自分から無理して話す必要はありません。まずは飲みたいお酒と、食べたいツマミを軽く(ここ大事)注文。チビチビやっていると、怪しげに僕を見ていたひとりが、ついに話しかけてきます。 「地元の人?」「こちらは仕事で?」 きたー! いきなり「取材で来ています」とか余計なことは言いません。「ちょっと仕事で」とか「初めて降りました、この駅」とか。 そのあとは会話が弾めば徐々に、街のことや店のことを聞けばいいし、弾まなければ1杯でおしまい。勘定して2軒目に移動します。最初の注文を「軽く」しておくのは、このため。初めからガブガブ飲んでドバドバ食べて、酔いが回り満腹になってしまっては、2軒目に移動できませんからね。 というわけでほどよく飲んで、酔いに任せて地元の人も口が滑らかになり、いろいろな話を聞ければ散歩終了。いつもそんな感じで、楽しみながら東京の散歩をしています。 通勤ラッシュも「旅」のひとつ?通勤ラッシュも「旅」のひとつ? 例えば朝の出勤時、満員電車に揺られながら「ああ、旅にでも行きたいなあ」と思うことがあるでしょう。 でも地方の人に言わせると、東京の電車のラッシュは一度は体験してみたい名物なんだそうです。あれは地方の人から見れば「旅」なんです。そんな話を聞くと、「旅」の範囲もずいぶん広がると思いませんか。 遠くに行くだけが「旅」じゃない。 ぜひ近くの見知らぬ街を散歩することから「旅」を始めてみましょう――と言いたいところですが、コロナ騒動が収まるまでは、お預けですね。 こんなときは「収束したら行きたい場所」をリストアップしてみると、不思議と気持ちが落ち着きます。そしてその街の地図を眺めて、お店や名物を探して――そんな風にして今は、収束を待ちましょう。 筆者の自宅から徒歩3分の荒川河川敷。どうしても外の空気を吸いたいとき、筆者はここを散歩するという。写真は元旦の微妙な初日の出(画像:カベルナリア吉田) 街は、なくなりません。だから「散歩という旅」を楽しめる日が、またきっと来るに違いない。僕はそう思いますね。
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