渋谷で見かけた大行列
先週、用事で渋谷に行ったら、若者が長蛇の行列を作っていました。「何これ?」と思ったら、東京都が行っている、若い世代向けた新型コロナウイルスのワクチン接種会場でした。
この会場では予約なしで接種が受けられることから、初日の8月27日(金)には想定を大幅に超える人が訪れました。抽せんに変更してからも抽せん券を求めて多くの若者が列を作りました。
この混乱を受けて、東京都は9月4日(土)の接種分からオンラインでの抽せんに切り替え、当選した人だけ会場に来てもらう方法にしました。
ワクチン忌避が多い若者
今、若い世代のワクチン接種が大きな課題になっています。
今春から医療関係者や重症化リスクの高い高齢者を優先して接種を進めてきたことから、若い世代の接種が遅れました。そこに7月からデルタ株が大はやりし、今、若い世代が感染対策の「急所」になっています。
ここで悩ましいのは、若い世代はワクチンを忌避しがちなことです。各種メディアで報じられた渋谷の大行列の印象とは裏腹に、日本だけでなく世界的に若い世代はワクチンを忌避する傾向があることが知られています。
ちなみに、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センターの調査(2021年6月公表)によると、ワクチン忌避者は全体の平均で11.3%、高齢男性は4.8%、若年女性は15.6%でした。
プロスペクト理論で分析する
どうして若い世代はワクチンを忌避するのでしょうか。いろいろな分析がありますが、プロスペクト理論(Prospect theory)で説明することができます。
プロスペクト理論は行動経済学の中核的な理論で、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって提唱されました。
プロスペクト理論のエッセンスは、
「人間は不確実性の状況で損失回避的に行動する」
ということです。簡単な例で考えてみましょう。
1問目。あなたはAとBのどちらを選びますか?
A:何もしなくても100万円を受け取ることができる。
B:コインを投げて表が出たら200万円を受け取るが、裏が出たら0円。
では2問目。AとBのどちらを選びますか?
A:何もしなくても100万円を支払わなければならない。
B:コインを投げて表が出たら200万円払うが、裏が出たら1円も支払わなくてよい。
おそらく多くの人が「1問目はA」「2問目はB」を選んだのではないでしょうか(という実験結果が出ています)。
1問目は「利益を得る」、2問目は「損をする」と入れ替えただけです。1問目・2問目とも、Aを選んでもBを選んでも、100万円という期待値は変わりません。にもかかわらず、1問目ではAを選び、2問目ではBを選ぶという不可解な選択をするのはなぜでしょうか。
喜びより悲しみを重要視する考え
これは、人間には「何かを得る喜び」よりも「何かを失う悲しみ」の方が大きいという心理があるからです。
利益を得る場面では「確実に利益を得たい(= もらえるはずの利得を失いたくない)」と考える一方、損失が出る場面では「リスクを取ってでも損失を回避したい(= 損失を何とか避けたい)」と考えます。損失回避という心理です。
これをワクチン接種に当てはめてみましょう。ワクチンを接種する人、特に若い世代は、
「基本的に健康」
です。
ワクチンを接種しても、今より健康状態が改善するわけでありません。一方、副反応が起これば健康が損なわれます。短期的に見ると、損失のリスクがあるわけです。
つまり、ワクチンを接種しても健康改善というメリットがなく、副反応というデメリットがあり、若者はデメリット(損失)を回避しようとワクチンを忌避するのです。
リフレーミングで接種を促す
では、若い世代のワクチン接種を促進するには、どうすればよいでしょうか。
まず、ワクチン接種を法的に義務化するという方法があります。また、ワクチン接種者にインセンティブを与えるという方法もあります。アメリカではワクチン接種者に、お金、ビール、ドーナツ、果てはマリフアナまで配っているそうです。
さらに、もうひとつ考えられるのは、若者のリスク認識を変えることです。行動経済学では認識の枠組みを変えることをリフレーミング(reframing)と言います。
同じ若い世代でも、一般国民よりも医療従事者の方がワクチン接種率が高い(= 忌避率が低い)ことがわかっています。これは、医療従事者はワクチンのメリット・デメリットを正確に認識し、メリットの方が大きいと判断しているからでしょう。
一般国民は、日本では過去にB型肝炎訴訟などワクチンによる健康被害があったことから、「ワクチンは怖いもの」とワクチンのデメリットを実態よりも過大に評価している可能性があります。また、若者でもコロナで重症化するケースがあることがあまり認識されておらず、ワクチンのメリットが過小評価されているかもしれません。
若者のリスク認識を変えるには、今後、正しい医療情報を提供する必要があると考えられます。