東京の街から屋台が消えた理由――バブル期の「屋台村」誕生とともに振り返る

バブル絶頂期、都内では屋台が集まった「屋台村」がはやりました。その歴史について、フリーライターの大居候さんが解説します。


都内から消えた屋台

 かつて都内ターミナル駅の周辺には、夜になると数多くの屋台が並びました。しかし時代は21世紀になり、もはや見かけることはありません。

たこ焼きの屋台(画像:写真AC)

 屋台が減少した背景には、営業許可の難しさがあります。一般的に屋台を営むには、

・食品営業許可
・道路占用許可
・道路使用許可

を得なくてはなりません。

 特に道路占用許可は、道路工事でもなければ、現在はほぼ取得できません。ほかの許可も衛生面でのハードルが高いため、条件を満たすのは簡単ではないのです。

 また東京都では弁当の路上販売が急増したことに対して、食品製造業等取締条例の改定を2015年に行い、規制を強化しました。衛生管理が問題視され、周辺店舗の客を奪う屋台には許可を出したくないのが本音でしょう。

 露店が許可されている都有地もありますが、昔ながら露店スタイルではなく、キッチンカーで営業することが望ましい――というのが東京都の方針です。

 その結果、屋台は過去のものになり、空いている土地やオフィスビルの共有空き地などにキッチンカーが集まるのが、現代の屋台風景となっています。

 そんな屋台風景の源流が「屋台村」です。屋台村という言葉は、今では一般名詞となり、各地のイベントや商店街の町おこしで行われる店舗群を指します。また、内装を屋台風にしていくつかの店が入居する固定店舗の例もあります。しかし始まったばかりの屋台村は、まさに屋台そのものでした。

バブル景気崩壊にマッチした屋台村


この記事の画像をもっと見る(4枚)

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2021/08/210822_yatai_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210822_yatai_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210822_yatai_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/08/210822_yatai_03-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画