コロナ禍で終身雇用は風前の灯火に? 大学で「起業教育」が行われるワケ

  • ライフ
  • 八王子駅
  • 早稲田駅(メトロ)
  • 本郷三丁目駅
  • 東京ビッグサイト駅
  • 神楽坂駅
コロナ禍で終身雇用は風前の灯火に? 大学で「起業教育」が行われるワケ

\ この記事を書いた人 /

中山まち子のプロフィール画像

中山まち子

教育ジャーナリスト

ライターページへ

景気状況やコロナ禍などで既存の就職システムがゆらぐ現在、起業家精神を育てている大学があります。教育ジャーナリストの中山まち子さんが解説します。

根強い終身雇用信仰

 有名大学を出て大企業に就職――こうした流れはもはや無意味になったと指摘する声は以前から上がっています。戦後の高度経済成長期からバブル期にかけて当たり前だった終身雇用制度もなくなり、昭和的な働き方は過去のものになりつつあります。

 一方「学歴フィルター」という言葉があるように、学歴は就職活動の際にいまだ有利に働き、地方では終身雇用信仰も根強く存在しています。

 このように大都市圏と地方での就職への考えは微妙にズレていますが、基本的に変わらないのは「新卒一括採用」のシステムはです。時代の景気次第で売り手市場になったり買い手市場になったりと学生の運命も左右されるため、就職内定率は景気のバロメーターとしても取り上げられます。

コロナ禍で安全地帯も危うい

 文部科学省と厚生労働省が共同で調査する「大学等卒業予定者の就職内定状況調査」の結果を見ると、2020年度大学卒業予定者の就職内定率は89.5%と、前年同月比より2.8%下落しました(2021年2月1日時点)。

 就職市場への影響は最小限にとどめられた印象ですが、今後どうなるかは分かりません。

アントレプレナー講座を開講している東京大学(画像:(C)Google)



 業績悪化に伴いボーナスカットや人員削減、早期退職者募集などのニュースがこの1年途切れることなく報道され、大手企業でも近年、副業を認める動きが広まっています。

 こうした動きは社員の視野を広げたり、さまざまな業種の人との交流を図ったりする大義名分がある一方で、景気悪化で雇用情勢の行方が分からないなか、社員に少しでも生き残る術を見つけさせるという狙いも見えます。

「正規雇用であれば安全」という考えは、コロナ禍によって形骸化されたのです。

景気の浮き沈みが直撃する非正規労働者

 日本の雇用を簡単に振り返ってみると、バブル崩壊やそれによって引き起こされた就職氷河期、リーマンショックなど定期的に起きる不況と景気回復の流れのなかで日本の労働環境は激変してきました。

 終身雇用一辺倒から、転職も珍しくなくなるなど、就職に関する人々の意識は確実に変わってきました。しかし、働き方が変化したのは転職だけではありません。働き方や雇用体制が多様化し、時には暗い影を落とすこともあります。

 正規雇用と非正規雇用の問題はリーマンショック後にメディアなどでも大きく取り上げられ、「不景気になれば派遣社員はすぐに切られる」「正規雇用は守られる側」という認識が定着しました。

正規雇用と非正規雇用のイメージ(画像:写真AC)



 4月30日(金)に公表された総務省の「2020年度労働力調査」によると、非正規の職員・従業員は前年度に比べて97万人減少。正規雇用の職員・従業員は前年度比33万人増加していることを考えれば、コロナ禍は非正規労働者を直撃していることになります。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により社会全体がいや応なしに変化している今、「正規雇用なら安全」とは限りません。コロナ禍業績が急速に悪化し雇用を維持する体力が企業側に残っていない場合、正社員にもおおなたを振るう可能性は否定できません。会社の倒産、吸収合併が起きれば職を失うリスクは正規雇用者でも同じことです。

 IT技術の発達により、グローバル化が進んだ結果「指示待ち人間」ばかりでは国際競争に勝てません。そのため、企業は自分から考え、想像力豊かな人材発掘に躍起になっています。

起業家精神の育成に積極的な大学が増加

 こうしたなか、一部の大学では起業家精神(アントレプレナーシップ)育成に力を入れています。商品開発や新規事業立ち上げは会社に属していても関わることがあります。起業するしないに関係なく、「自分から何かを生み出す力」「リーダーシップ」「マネジメント能力」を育てる取り組みです。

 武蔵野大学(江東区有明)では2020年度から日本初のアントレプレナーシップ学部を設置。東京大学(文京区本郷)では「東京大学アントレプレナー道場」を開講。さまざまな分野で活躍する起業家を講師に招き、同大に所属する学生であれば受講できます。

 文部科学省の「次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)」では、早稲田大学(新宿区戸塚)を中核とし、多摩美術大学(世田谷区上野毛)や東京理科大学(新宿区神楽坂)が参加。特徴が異なる大学同士の交流によって、新たな価値を見いだす取り組みが行われています。

世田谷区上野毛にある多摩美術大学(画像:(C)Google)



 大学が学生に起業家精神を教えることは、既存の固定観念にとらわれず国内外で活躍し新しい市場を作り出す人材をより多く輩出することが期待されます。また、高いスキルを持っていると景気に左右されず、力を発揮できる強みも備わっています。

 国もアントレプレナーシップ教育に力を注ぐ方針を打ち出しています。日本は他国に比べて起業件数が少なく、国際競争に後れをとることを危惧しアフターコロナを見据え、長い目でアントレプレナーシップの教養を学ぶよう動き出しています。

 現段階では、旧帝大や大都市圏の有名大学を中心に行われているアントレプレナーシップ教育ですが、徐々に広がっていくことが期待されます。

関連記事