コロナ禍とIT化で高まる投資熱 でも東京証券取引所が取引時間を拡大しないワケ

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コロナ禍とIT化で高まる投資熱 でも東京証券取引所が取引時間を拡大しないワケ

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小川裕夫

フリーランスライター

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若者世代などに広がる投資熱を受けて、東京証券取引所の取引時間拡大が期待されています。これまで見送られてきたのはなぜでしょうか。フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。

通貨発行というコスト

 消費税率が2019年10月1日から、軽減税率の対象となる食料品・新聞などを除き10%へと引き上げられました。

 庶民にとって消費税率の引き上げは可処分所得(手取り収入)が減ることを意味し、それだけ生活を切り詰める必要が出てきます。消費税率の引き上げ以降、生活が苦しくなったと感じている人も少なくないでしょう。

 政府は消費税率の引き上げという“痛み”を緩和する措置として、同日からキャッシュレス・ポイント還元事業を実施。キャッシュレス・ポイント還元事業は、「〇〇ペイ」と呼ばれるQRコード決済を始め、電子マネーやクレジットカードといった、現金ではない方法で支払いを済ませると割引される仕組みでした。

東京証券取引所の外観。日本橋兜町に立地していることから、業界関係者から「兜町」と隠語で呼ばれることもある(画像:小川裕夫)



 政府がキャッシュレス・ポイント還元事業を奨励した理由のひとつに、通貨発行という経費を削減する目的があります。私たちが普段から何気なく使用している現金は、発行から流通までに多大なコストがかかっているのです。

 紙幣は印刷のために紙やインクを消費するだけではなく、完成した紙幣を運ぶ必要があります。また、人の手から人の手へと渡った紙幣は、使い続けられることで古くなります。汚れたり、しわができたりするので2年前後で回収されます。キャッシュレス化すれば、こうした部分のコストを削減できるのです。

 政府が推進してきたキャッシュレス・ポイント還元事業は、2020年6月末に終了。周知のためのウェブサイトも2021年6月末に閉鎖されました。

若者世代に広がる投資熱

 消費税率の引き上げに伴う痛みを緩和させる目的だったキャッシュレス・ポイント還元事業は、くしくも新型コロナウイルスの感染拡大で、現金のやり取りよりもキャッシュレス決済の方が衛生的であるとの認識が広まったことから加速しています。

 キャッシュレス・ポイント還元事業は富裕層に有利な制度というあべこべな一面があったことは事実ですが、その一方で物心ついた頃からスマホに慣れ親しんできたミレニアル世代やZ世代と呼ばれる若年層のライフスタイルにも及ぼしています。

 キャッシュレス決済が普及したことに伴い、金融・証券業界はミレニアル世代・Z世代に熱い視線を注ぎ始めました。

キャッシュレス決済のイメージ(画像:写真AC)



 近年、QRコード決済や電子マネー・クレジットでの支払いにはポイントがつくのは当たり前になっています。そうしたポイントを活用してお得に買い物をする人もいますが、特にポイントの使い道がなく、ためるだけためて期限とともに失効させてしまう人も少なくありません。

 金融・証券業界は余剰ポイントを投資へと回してもらうシステムを構築し、投資への呼び水にしています。バブル期は投資ブームで盛り上がりましたが、バブル崩壊とともにその熱は冷めました。投資は経済を循環させるという一側面があるため、政府にとって投資熱が冷めることは経済循環が滞ることを意味し、不都合なことが多いのです。

投資人口拡大も短いままの取引時間

 政府は投資意欲を喚起するべく、2014年に少額投資非課税制度(NISA)をスタート。金融庁も「貯蓄から資産形成へ」と旗を振り、投資人口の拡大に努めました。

 しかし、証券取引を始めるには新たに口座を開設しなければなりません。多くの人は特定口座を選びますが、投資の入門者にとってなじみのない制度や用語も多く、難解に感じてしまいます。また、あれこれと準備することを面倒に感じることも多いのです。それらが障壁となり、投資人口の増加を抑制していたともいわれます。

 これまで投資をしている人の多くは、経済的に余裕のある40代以降がボリュームゾーンといわれてきました。NISAによって20代・30代にも投資人口が広がっているといわれますが、なによりもスマホで簡単に、しかも余剰のポイントを有効活用して投資ができるという環境が状況を少しずつ変えています。前述したミレニアル世代やZ世代がスマホで手軽に投資を始めるようになったことが大きいようです。

東京証券取引所の玄関口。取引関係者だけではなく、建物の一部は一般見学者用に開放されている(画像:小川裕夫)

 投資環境の変化は、東京証券取引所(東証、中央区日本橋兜町)が取引時間の拡大を検討するという影響を及ぼしています。これまで東証は、取引時間を9時から11時30分までの「前場」と、12時30分から15時までの「後場」に分けていました。これが時代にそぐわなくなっているというのです。

 欧米諸国の取引時間は、ニューヨーク証券取引所が9時30分から16時まで、ロンドン証券取引所は8時から16時30分まで。東証のように昼休みはありません。つまり、欧米では取引時間が長いのです。

 投資の世界もITによって国際化が著しく進み、取引時間を海外に合わせようという声が出ている、というわけです。

5市場体制から3市場へ再編される東証

 しかし、取引時間を拡大しようという議論は、ここにきて急浮上した課題ではありません。実は2000(平成12)年、2010年、2014年と過去に3回も議論されてきました。それにも関わらず、取引時間を拡大することは見送られてきました、なぜでしょうか?

東証の見学スペースから見ることができる、経済ニュースでおなじみの光景(画像:小川裕夫)



 東証の取引はパソコンやスマホだけではなく、証券会社などの窓口でもおこなわれています。取引時間の拡大は、事務負担の増加ひいては人件費増につながります。証券会社にとって事務負担の増加や人件費の増加は避けたいところです。こうした思惑から、取引時間拡大は見送られてきたのです。

 また、取引時間が拡大することで約定連絡・伝票整理を終了させる時間も後ろ倒しになります。そうした理由も金融・証券業界の反対を強くしていました。

 東証は、2011年に前場の取引終了を11時から30分繰り下げて11時30分へと変更しましたが、後場の終了時間は1954(昭和29)年から変更していません。しかし、投資をめぐる環境は目まぐるしく変化しています。時代に合わせた環境整備が必要だとの意見は決して無視できるものではありません。

 取引時間だけではなく、東証は2022年4月をメドに

・東証1部
・東証2部
・マザーズ
・JASDAQグロース
・TOKYO PRO Market

の5市場体制から、

・プライム
・スタンダード
・グロース

の3市場体制へと再編する予定にしています。

 現在は東証1部の企業が、必ず最上位のプライムに残れる保証はありません。また、2部より下位の企業がプライムへランクアップする可能性もあります。新たな3市場体制への再編は、大きな改革といえる流れです。新市場体制への再編は、2021年6月末の企業業績を基準にして決める予定といわれています。

 ネット取引が主流になった現在でも、金融・証券業界は3市場体制への移行や取引時間の拡大検討といった話題で慌ただしくなっています。

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