新宿の路上で遭遇した「あおり運転」 降りてきたパンチパーマ男に思わず発した一言とは【連載】東京タクシー雑記録(6)

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新宿の路上で遭遇した「あおり運転」 降りてきたパンチパーマ男に思わず発した一言とは【連載】東京タクシー雑記録(6)

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橋本英男

フリーライター、タクシー運転手

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タクシーの車内で乗客がつぶやく問わず語りは、まさに喜怒哀楽の人間模様。フリーライター、タクシー運転手の顔を持つ橋本英男さんが、乗客から聞いた奇妙きてれつな話の数々を紹介します。

新宿で遭遇してしまった迷惑運転

 フリーライターをやりながら東京でタクシーのハンドルを握り、はや幾年。小さな空間で語られる乗客たちの問わず語りは、時に聞き手の想像を絶します。自慢話に嘆き節、ぼやき節、過去の告白、ささやかな幸せまで、まさに喜怒哀楽の人間模様。

さまざまな客を乗せて走る東京のタクシーのイメージ(画像:写真AC)



 今日はどんな舞台が待っているのか。運転席に乗り込み、さあ、発車オーライ。

※ ※ ※

 8年ほど前の夏のことです。その日は朝から近距離の客ばかりで、さっぱり稼ぎになりません。

 焦る気持ちで新宿の厳嶋(いつくしま)神社付近から歌舞伎町へ向かって走っていると、気づけば前を行く昭和風の大衆車が今にも止まりそうな速さでノロノロ運転です。しかも車体のあちこちへこんでキズだらけ。私の後ろもいつの間にやら渋滞しています。

 普通の速さで走ってほしいと、ついクラクションを鳴らしました。軽くです。「プッ!」。そうするとどうでしょう、その車から男性がすごい勢いで降りてきたのです。

パンチパーマにサングラス、派手シャツ

「おい、兄ちゃん。今わしの車にラッパ鳴らして追い立てたろが。いい度胸じゃのう」

 よく見ると私より年下のようですが、パンチパーマにサングラス、派手なシャツ。まずいことになったと、私はとっさに窓を閉めて防御態勢に入りました。

「ご、ご苦労さまです、です。手が間違ってクラクションに触ってしまいました。す、すみません。反省です」
「気を付けとけ、このボケナス!」

タクシー運転手として日々都内を走っていると、思わぬトラブルに巻き込まれることもしばしば(画像:写真AC)



 ドアをドーンと蹴り飛ばされる。私はそれにもニコニコ満面笑顔で対応です。「はい! ありがとうございます!」と大きな声であいさつまでしました。すんでのところで危機は去って、男の車は去りました。

 少し走ってからさっき蹴られたドアを調べると、へこみなし、異常なし。あーあ、怖かった。

 今でこそ「あおり運転」が社会問題として認知されていますが、当時はまだ泣き寝入りも多かったはず。タクシー運転手たちの中にもヒヤッとする経験をしてきた人は私だけでなく数えきれないほどいるでしょう。

 その後も、流しても流しても客の付きが悪くなり、乗せる客はまたしても近場ばかり。さっきの1件で、すっかり今日の運が落ちてしまったかのようです。

またしても派手な男性客が……

 車は移動を続けて品川区大井。ゼームス坂を曲がろうとすると、妙な雰囲気の男性が行く方向を指して手を上げました。動作がどこか派手な印象。また派手な男か、大丈夫かな……。

「どちらまで」
「おうよ、近くてすみませんねえ。あのね、新馬場を曲がって北品川商店街の旧東海道の入り口にやってよ。そこで俺の女房が店やってんだ。頼むよ、運ちゃん」
「はい、わかりました」

 やたらにべらんめえ口調で、昭和の下町からタイムスリップしてきたような男性です。

さまざまな客を乗せて走る東京のタクシーのイメージ(画像:写真AC)



「運ちゃん、この車なんか匂うよ、何だねこの匂い」
「へえー、私は煙草もやめたし、下着は毎日取り変えてるし。気になるのでしたら少し窓を開けたらどうです」

 酔っ払いでもないのに、あけすけに絡んでくるその男性。たまにいるんです、こういう人。その後もあんまり騒がしくするものだから、停止信号のとき振り返って客の顔をよく見てみた。すると、アレ?

「え、寅さん!」
「あいよ」
「何で寅さんがここにいるの? たしか天国のはずだけど」
「俺は本物じゃなくて、フーテンの寅のソックリさんよ」
「?」
「わかんねぇかなあ、俺はただ似てるのよ」

見た目も口調も本人としか思えない

 それまで気が付かなかったけれど、男性は上から下まで映画『男はつらいよ』の主人公・寅さんそっくりなグッズで固めている。声から何から全く同じ。驚いたのなんのって……。

「だけどうれしいです。あこがれの寅さんが乗ってくれるなんて。例えソックリさんでも幽霊でもいいです」
「運ちゃんは寅が好きかい。そうかい、そうかい、良かったねえ」
「あのぅ、ところでお客さんの本職は何ですか?」

柴又駅前に立つ、映画『男はつらいよ』シリーズの寅さん像。乗ってきた男性客は、本物と見まがうほどにそっくりだった(画像:写真AC)



「俺はケチな野郎よ。足の向くまま気の向くままってやつよ。いや、しいて言えば肉体労働者。それと葛飾・柴又に月2、3回ばかり出掛ける。『寅さん記念館』でそこに来た客にサービスに努めてさ。まあ、実入りのない奉仕精神よ。悪いけど、そこらのものまねタレントより似てるんでねえかい。このホクロも本物だし。見上げたもんだよ屋根屋のふんどし、ってさ」

 映画に出てくる寅さんの台詞までばっちりです。後部座席から私の肩をポンと叩くと、

「俺に会いたくなったら女房の店に来なよ、ラーメン屋の2階にあっからさ。『東海道の寅』と言えばすぐ分かる。あ、そんときね、俺の歌を聞かせちゃうからよ、運ちゃん俺の歌聞いたら涙流して喜ぶって」

「へぇー、あ、着きましたけど。980円」
「おう、ここよ。1000円でつりはいらねえよ、あばよ」

東京にたくさんいる「そっくりさん」たち

 20円分の“チップ”を残し、男性は肩をいからし鼻歌で降りて行きました。おしゃれなカンカン帽、ジャケットを肩にひっかけ、ダボシャツに腹巻とお守り、トランクを左手に提げ、足には草履姿……。やはりどう見ても寅さんでした。

 本当は本人だったのでは、と、後から思い返しても信じられないほど。

 東京でタクシーを走らせると、たった1日でも実にさまざまな人に出会います。あの男性も、おそらく地域では有名な人なのでしょう。これだけ広い東京ですから、ほかにもいろいろなそっくりさん自慢がいるのかもしれません。

 ルパン3世のそっくりさんに、水戸黄門のそっくりさん、半沢直樹のそっくりさんや、ドラえもんのそっくりさんも……? そんな客を乗せる日がまた来るのだろうか……。妙な妄想をふくらませながら、私は再びアクセルを踏み込みました。

※記事の内容は、乗客のプライバシーに配慮し一部編集、加工しています。

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