東京のファッションシーンを作り上げた
1990年代、「アムラー」や「シノラー」など、歌手のファッションを若者たちが真似ながら、東京を中心にひとつのファッションシーンを作り上げていく風潮がありました。
前者は安室奈美恵さん、後者は篠原ともえさんの服装やメイクを模した女性たちのことで、ほかにも華原朋美さんをまねた「カハラー」などが渋谷や原宿で数多く見られました。
つまり当時、歌手は楽曲が聴かれるだけでなく、その存在自体が憧れの対象となりカリスマ的存在になっていたのです。
しかし2021年現在の音楽のヒットを見てみても、そのように多くの人の憧れの対象、カリスマとして存在しているアーティストはいないように思います。そこにはどのような時代の変遷があるのでしょうか。
「○○ラー」という呼称の現在地
近年の歌手がカリスマとして憧れの対象になることが全くなくなったわけではありません。
きゃりーぱみゅぱみゅさんは、2012年頃にその独特な名前とキャッチ―な楽曲、衣装で頭角を現しました。原宿の「Kawaii」文化を志す人たちにとって、彼女は一種のカリスマとして君臨しました。そのヒットは、原宿ファッションをあらためて世間一般に周知させたと言えるでしょう。
きゃりーぱみゅぱみゅさんのファンのことを「ぱみゅらー」と呼ぶことがあります。「アムラー」「シノラー」をはじめ、90年代に流行した「○○ラー」の多くはメイクや服装、雰囲気を真似る人のことをさしていましたが、「ぱみゅらー」は彼女のファンの総称だとされています。
ファンが服装を真似なくなった理由
「ぱみゅらー」はSNSで自然発生した言葉で、それがさす範疇は明確には決められていませんが、ファンなら誰でも「ぱみゅらー」と言える、というのです。
SNS上には、ファンの総称を指す言葉がアーティストごとに定まっている場合も少なくありません。「ぱみゅらー」も90年代の「○○ラー」とは関係のない総称のひとつだという見方もできるでしょう。
きゃりーぱみゅぱみゅさん以後、2020年代を見てみると、ファンの総称としての「○○ラー」は存在するかもしれませんが、カリスマ的な憧れの的でもある「○○ラー」は中々思い当たりません。これは、ヒットする歌手やアイドルの立ち位置や時代の変化を明確に表しています。
まず、ファン活動の場の変化です。
90年代に「アムラー」現象を巻き起こし、2018年9月16日をもって引退した歌手の安室奈美恵さん。引退から1年後にAWAなどの音楽ストリーミングサービスに楽曲を配信するなど、人気とカリスマ性は今なお健在(画像:AWA)
「アムラー」「シノラー」の90年代、スマートフォンやSNSはもちろん存在していませんでした。ある歌手が好き、という表明をしたい場合、自分の身なりに何かしらの変化を加えるということが一番スタンダードだったのでしょう。
浜崎あゆみさんのシングル「evolution」のMVで、本人が身に着けていたファーの尻尾が注目され大流行したことがありました。あの尻尾を模したストラップを携帯電話につけるなど、服装や小物によってアピールできるという面があったのです。
しかし、今はSNSなどでネットに居場所を見つけることができる時代です。
「憧れ」の切実度合いが薄まった理由
SNS上には「誰々のファンと繋(つな)がりたい」のようなハッシュタグがいくつもあり、それぞれのコミュニティーを形成しています。ここで好きなアーティストを表明するために必要なのは、もはやファッションなどの身に着けるものではありません。
一方で、SNSのタグ機能によって、アイドルや歌手が着ている服がどこのブランドの服なのかということを知りやすくなっている場合もあります。その点では、アーティストやアイドルを身近に真似ることができる存在になっているとも言えるでしょう。
では、なぜそのようなアイドルや歌手がファッションシーンの一部を作り変えないのか。それは、ファッションの流行の問題だけではありません。アイドルや歌手とファンの距離感にも理由はあります。
JR秋葉原駅近くにあるAKB48劇場。「会いに行けるアイドル」の礎をつくった(画像:(C)Google)
2000年代後半以降、AKB48が「会いに行けるアイドル」をキャッチコピーとし知名度を上げるようになってから、アイドルとファンの距離感はぐっと縮まりました。
SNSでオフショットを公開したりするなど、舞台上で作り上げられたアイドルというよりも、一般人との境界線を薄めたようなアイドルが多く存在するようになりました。
よりナチュラルな志向に変化しているのでしょう。よって、特定の歌手やアイドルを象徴するアイテムやファッションといった、ある種の奇抜さをもって売り出すということが少なくなっているのだと思われます。
また、最近ではTikTokやYouTubeでの発信から若者の支持を得る歌手がいますが、この場合はついひと月前まで一般の学生だった、なんてことも少なくありません。無所属でプロモーションなしで偶然人気に火が付き、あとあと事務所が介入するということもあります。
日本のマンネリ化、台頭する韓国
この場合の強みはなんといってもファンとの近さで、カリスマと呼び憧れの対象にするにしても、その距離感は90年代とは大きく異なっているのです。
さらに、そのようなアーティストはテレビ出演していない、したとしても回数が少ない場合が多く、憧れのきっかけとなりやすい“見た目”を使ってのプロモーションの要素が薄いとも考えられます。
その代わりに、TikTokなどで「きゅんです」という流行語が生まれ、ヒット曲「ポケットからきゅんです!」(ひらめ)が誕生するといった、SNSでも使いやすいキャッチ―な語の流行に音楽が関わるのは現代らしいと言えるでしょう。
とはいえ、作り上げられたカリスマ、憧れの対象がまったく存在しなくなったわけではありません。
数年前からKポップアイドルが流行していますが、それにはまった人たちは、そのメイクなどを取り入れるなど、憧れの対象とし、真似ています。
韓国での合宿トレーニングやオーディションを経て誕生したガールズグループNiziUは、2020年12月の正式デビュー以前から話題を呼び大ヒット(画像:CS日テレ)
日本のアイドルの打ち出し方がマンネリ化の傾向にあり、目新しいファッションやメイクの戦略も見られないため、もともと美容大国とも言われている韓国のアイドルなどに憧れるのでしょう。
「○○ラー」とくくられるような、やや露骨とも言えるファン表明としてではない憧れの対象として、今日もカリスマは存在していると言えます。