江戸幕末の士「勝海舟」、子孫たちが語った晩年の知られざる素顔とは
2021年1月11日
知る!TOKYO江戸時代末期の幕臣、勝海舟。数々の逸話を持つこの偉人について、彼の末裔たちもまたさまざまな証言を残しています。知られざる足跡をたどって、ノンフィクション作家の合田一道さんが日本近代史の“その後”へ案内します。
幕府軍艦に集う関係者の子孫たち
「咸臨丸(かんりんまる)子孫の会」はその名が示す通り、江戸幕府の軍艦・咸臨丸に関わった人たちの子孫で組織された会です。
『咸臨丸 栄光と悲劇の5000日』(北海道新聞社刊)という本を書いたのが縁で筆者(合田一道。ノンフィクション作家)は特別会員になり、思いもかけず歴史上の人物の末裔(まつえい)の方々と知り合いになりました。
咸臨丸が太平洋を横断したときの軍艦奉行の木村摂津守喜毅、教授方頭取(艦長)の勝海舟の末裔をはじめ、教授方(航海長)小野友五郎、教授方(運用科士官)浜口興右衛門、通訳の中浜万次郎、教授方手伝(機関科士官候補生)の小杉雅之進、操練所勤番公用方下役の小永井五八郎……の末裔たちです。
会話をしているうち、いつしかその時代に身を置くような気持ちにさせられるのです。
政府要職を辞した後の海舟
勝海舟のひ孫、五味澄子さん(東京都在住)から面白い話を聞きました。
五味さんの祖母の逸子(海舟の娘)と母の正代(海舟の孫、逸子の娘)が語る思い出話ですが、海舟の人間像が浮かび上がってくるように思えて胸が高鳴りました。
海舟はよく知られているように、幕府が倒れた後、徳川家代表として政局の収拾に当たり、西郷隆盛との会談で江戸城の無血開城へ導きました。
その後、明治新政府に仕えますが、職を辞した後は悠々自適の暮らしでした。

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