山手線の北側部分が、まるで「M」みたいな形になってるワケ
2021年4月4日
知る!TOKYO「まあるい 緑の山の手線~♪」というCMソングがあるように、丸いイメージを持たれている山手線ですが、北側はアルファベットの「M」のような形になっています。いったいなぜでしょうか。フリーライターの弘中新一さんが解説します。
東京の地形図を見る楽しみ
筆者の趣味はさまざまな地図サイトを見ることです。なぜなら、普段見なれている東京の街が地図ごとで異なった顔を見せてくれるから。最近よく見ているのは国土地理院の「デジタル標高地形図」です。
デジタル標高地形図はその名の通り、各土地の標高がわかる地形図。これまで訪れていた東京の街が標高の低い平地にあるのか、台地の上にあるのか、谷戸(谷間)にあるのか――を知ると楽しくなります。
東京は関東平野に築かれた街ですが、実際は起伏が多く、地方から引っ越して来た人が「平野だと思っていたのに……」と話題にするのも、これらの地図を見れば納得です。
池袋~田端間の謎のくぼみ
そんなデジタル標高地形図を眺めていて気になったのが、山手線の北側、池袋~田端間です。なぜか線路が一度南に下がって、くぼんだような形になっています。まるで英語の「M」のようです。
大手家電量販店のCMソングで「まあるい 緑の山の手線~♪」という歌詞がありますが、そのくぼみっぷりを見ると、思わず「えっ、全然丸くないよ?」とツッコミを入れたくなるほど。

そればかりではありません。地形図を見ると、池袋から田端までの区間の多くは切り通し(山・丘などを切り開いて通した道路)になっていることがわかります。
この区間は、日本鉄道(日本最初の民営鉄道会社。現・山手線、東北本線、常磐線など)時代の1903(明治36)年4月に開業しています。もう少し北側に回り込めば谷戸は比較的浅くなるのですが、どうしてこのような路線になっているのでしょうか。
池袋には「駅ができる予定はなかった」
資料を探したところ、さすがは山手線、この疑問にすっきり答えてくれる研究書に出会いました。紀行エッセイスト・竹内正浩さんの『地形で読み解く鉄道路線の謎 首都圏編』(JTBパブリッシング、2015年)です。

この本を読んで驚いたのは、もともと池袋には「駅ができる予定はなかった」ということ。
現在の埼京線が日本鉄道品川線として品川~赤羽間で開通したのは、1885(明治18)年です。その後、すでに開通していた上野~熊谷間に1896年、田端駅が開業。しばらくして、田端方面から赤羽駅を経由せずにショートカットする路線が計画され、豊島線(としません)の名前で計画は進みます。
以下、時系列です。
・1883年:日本鉄道上野~熊谷間開業
・1885年:日本鉄道品川~赤羽間開業(品川線)
・1896年:田端駅開業
・1901年:品川線と建設中の豊島線を統合して山手線に改名
・1902年:目白~板橋間に池袋信号所を開設
・1903年:池袋~田端間開業。池袋信号所は池袋駅に昇格
赤羽駅で接続していた上野方面の路線と品川方面の路線を、さらに南側で接続させようとしたのが、池袋~田端間の路線です。なお現在の山手線が完成し、環状運転が始まったのは1925(大正14)年のことです。
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