新時代のアイドルだったふたり
2020年は、日本のアイドル史における大功労者である松田聖子と田原俊彦が歌手デビューから40周年を迎えた年です。1980(昭和55)年にふたりがデビューシングルをリリースする直前まで、アイドル界は過渡期を迎えていました。
12月2日に再発された松田聖子のクリスマス企画アルバム「金色のリボン」。オリジナルは1982年(画像:ソニー・ミュージックダイレクト)
女性アイドルの頂点に君臨していた山口百恵が、同年3月に俳優・三浦友和との婚約と芸能界引退を発表。かつて国民的ブームを巻き起こしたピンク・レディーの人気はすでに低迷しており、さらに70年代後期デビューの女性アイドルのなかには、山口百恵に迫る存在が生まれていない現状がありました。
男性アイドルのトップを走っていたのは70年代初期にデビューした西城秀樹、郷ひろみでしたが、両者とも“脱アイドル”が迫られる年齢に差し掛かっていました。ちなみに、70年代後半はジャニーズ事務所から何人もの男性ソロアイドルがデビューしましたが、誰も大ブレークに至っていません。
そんなこともあり、松田聖子と田原俊彦が世に出たのは、世の中が新時代のアイドル登場を待望しているタイミングだったと言えます。
デビュー2曲目で“百恵超え”を果たした松田聖子
特に女性アイドル界では“ポスト百恵”が求められていました。そして、4月に『裸足の季節』という曲でデビューした松田聖子は、すぐにその本命と目されるようになります。オリコン週間シングルランキングで2位となった2曲目の『青い珊瑚礁』をきっかけに人気が急浮上。次の『風は秋色』で初登場1位を獲得。
1980年10月にリリースされた3枚目のシングル『風は秋色』(画像:ソニー・ミュージックレコーズ)
この2曲は、芸能界を去る山口百恵(10月に引退)の同年の各シングルを上回るセールスでした。
田原俊彦は瞬時に西城秀樹、郷ひろみを上回る
一方、田原俊彦は1979年に同じジャニーズ事務所に所属し、そろってテレビドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)にレギュラー出演していた近藤真彦、野村義男とともに「たのきんトリオ」として人気が爆発。そこから、1980年6月に最初にソロデビューします。
デビュー曲『哀愁でいと』は、同年のオリコン年間シングルランキングにおいて、男性アイドルのなかでトップの順位(10位)となる大ヒットでした。
1980年6月にリリースされた田原俊彦のデビュー曲『哀愁でいと』(画像:ポニーキャニオン)
このように、松田聖子と田原俊彦は、短期間でアイドルシーンの勢力図を一変させ、芸能界に80年代という新しい時代の到来を印象付けたといっても過言ではありません。
またふたりは以前、山口百恵と三浦友和が出演していたチョコレートのCMで共演、その年の大みそかにはそろってNHK『紅白歌合戦』に初出場。翌年にはNHKの歌番組『レッツゴーヤング』で司会を担当するなどし、アイドル界の新しい顔としてのイメージを決定的にします。
これと前後して、河合奈保子ら80年にデビューした他の女性アイドルの人気も上昇。同年12月の近藤真彦の歌手デビューもあり、アイドルのマーケットは拡大していきます。
以後も小泉今日子、中森明菜、シブがき隊ら有力新人が続々と売り出され、80年代は今に語り継がれる“アイドル黄金時代”となるのです。
ふたりの偉大すぎるもうひとつの共通点
松田聖子と田原俊彦が偉大なのは、アイドルブームをけん引したことだけではありません。
もうひとつ特筆すべきなのは、ふたりはそれぞれ途切れることなく歌い続け、今もフルステージをこなしていることです。コロナ禍にあってはどちらも初の配信ライブを行いました。
58歳になった松田聖子は2020年、デビュー40周年記念アルバムをリリース。透明感のあるボーカルは衰えていません。予定されていた“40th Anniversary”を冠したアリーナツアーは延期になってしまいましたが、12月にはグランドプリンスホテル新高輪(港区高輪)でクリスマスディナーショーを開催し、大みそかには『紅白歌合戦』に出演の上、日本武道館(千代田区北の丸公園)でのカウントダウンコンサートを開催予定です。
千代田区北の丸公園にある日本武道館(画像:写真AC)
60歳目前の田原俊彦は、毎年シングルをリリースし、コンサートツアー、ディナーショーも継続中。ステージでは往年のヒット曲を当時と同じアクティブな振り付けで歌っています。
「40周年記念ライブ」は『金八先生』出演から40周年となる2019年に開催済みでしたが、2020年も客席数を減らす対応で中野サンプラザ(中野区中野)などでライブツアーを敢行。また、2021年4月には、東京国際フォーラム(千代田区丸の内)での還暦記念ライブが決まっています。
アイドル文化に与えた大きな影響
2020年代も、芸能界で活躍している80年代アイドルの大多数が歌手業を休止している状態です。
これは、加齢とともに、若い頃のようなパフォーマンスができなくなること、ビジネスとして成立しづらくなることが理由として考えられます。
千代田区丸の内にある東京国際フォーラム(画像:写真AC)
そのなかで、ふたりが40年も歌い続けられるのは、本人たちの舞台裏での努力と根強い人気の両方があってのものでしょう。
そんな天性のエンターテイナーふたりが、たまたま同時期にデビューしたことはある種の奇跡であり、それがあったからこそ、結果的に日本のアイドル文化は今日のように発展したのかもしれません。