口を真っ黒に汚してまでナゼ……かつて日本人が「イカスミ」にドはまりした理由

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口を真っ黒に汚してまでナゼ……かつて日本人が「イカスミ」にドはまりした理由

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小西マリア

フリーライター

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イカスミスパゲッティーといえば、一時期ほどは聞かなくなりましたが根強いファンのいる人気メニュー。そもそもいつから人気に火が付いたのでしょうか。フリーライターの小西マリアさんが解説します。

漆黒の見た目と、塩辛いコク

 イカスミっておいしいですよね? 特に、イカスミスパゲッティーは、あの漆黒の見た目からは想像しがたいコクのある塩辛さがたまりません。口の中どころか、唇まで真っ黒になってしまうことも厭(いと)わずに食べたくなるものです。

 そんなイカスミのブームに火がついたのは、1994(平成6)年の東京でのこと……。

90年代、皆が夢中になったイカスミスパゲッティーを覚えていますか?(画像:写真AC)



 この年の春先から三越日本橋店(中央区日本橋室町)に毎日、100人以上が行列をする話題の商品が登場しました。洋菓子店のダロワイヨが売り出したイカスミパンを買い求める行列です。

 見た目には太い炭のように黒光りしている漆黒のパン。まさに墨という雰囲気です。

 そんな同店のイカスミパンは1本300円。1日80本の限定生産だというのに100人近くが行列をする日が続きました。同年には、横浜市のヨコハマ グランドインターコンチネンタルホテルも同じくイカスミパンを発売。こちらも、やっぱり大評判になっていました。

 今では、イカスミというとスパゲッティーで食べるものと思っている人が多いと思いますが、もっとアレンジ性の強いものから火がついたのは驚きです。

 ブームの1994年から翌年にかけては、イカスミのアレンジ商品が次々と生まれます。1994年の冬に一世を風靡(ふうび)したのは、イカスミまん。売り出したのは肉まんで知られる井村屋です。春頃からのイカスミブームに目を付けた同社では、商品開発を急ぎ9月に発売。

 コンビニなどの店頭の保温器の中に、白い肉まんやあんまんに混じって漆黒のイカスミまんが並べられている光景に興味をそそられた人も多かったのです。

空前ブームでアイデア商品も

 当初社内では、黒色の食品ということに抵抗感を持つ声もありましたが、ふたを開けてみると当初予想の3倍を売り上げるヒット商品になりました。

 さらに、イカスミソース、イカスミそうめんなど、次々と派生商品が登場しました。しまいには、アイデア勝負となったというわけでしょうか、イカスミウインナーや、イカスミ明太子なんてのも登場しています。

 イカスミウインナーは「魚肉たっぷり」がウリだったそうで、もはやどっちかメインか分かりません。

真っ黒でインパクト大、イカスミウインナーは今も健在(画像:マーちゃんマート、鳥益)



 イカスミ明太子もそうですが、見た目はなかなかにインパクトがあります。知らないで食卓に並べられたら、ギョッとしてしまいそうです(魚類だけに)。

 とにかく、見てくれは悪いのに人気という異例の人気食だったのです。

最初「キワモノ」扱いだった

 そんなイカスミですが、当初から見た目に反しておいしいとしてブームになったわけではありません。

 当初は、1980年代からのイタリアブームの中でイタリア料理店に登場したのですが、どちらかというとキワモノ料理扱いされていました。

 その流れが変わったのは1990(平成2)年頃です。イカスミに抗ガン作用があるとして話題になったのです。

 イカスミの抗ガン作用は日本で唱えられた説でした。イカの水揚げ量が多い、青森県の八戸港では毎年20万tの水揚げのうち内臓や軟骨など5000~6000t余りが廃棄処分になっていました。

イカスミに抗ガン作用……?

 これを何か利用できないかと青森県産業技術センターが弘前大学に依頼したところ、発見されたのが抗ガン作用です。イカスミに含まれる「ムコ多糖体」という物質に、抗ガン作用があるという実験結果が得られました。

 これが広く知られるところとなり、実験に使ったマウスでは6割のガンが治癒したとか、ちょっと話が大きくなって取り上げられて話題になったというわけです。

 今でこそ、こうした記事には懐疑的な目を向ける人も増えましたが、当時は疑いもなく信じる人がまだまだ多かったのでしょう。

 そう、1990年代までは「焼き魚の焦げたところを食べるとガンになる」と頑なに信じている人がいたのを覚えていないでしょうか。たしかに1tくらい食べればガンになることもあるかも知れませんが、当時は必死で焼き魚の焦げた部分を箸で避けている人もいました。

焼き魚の焦げたところを食べるとガンになると信じられていた(画像:写真AC)



 そんな一種の健康食として知られるようになったイカスミですが、これを世間に広く広めたのは、当時の人気女優・浅野ゆう子です。

 1990(平成2)年4月からフジテレビの木曜劇場枠で放送された『恋のパラダイス』は現在も「トレンディードラマの集大成」として話題になる作品です。

真っ黒な口は恥ずかしくない!

 その第1回で浅野演じるヒロインが、イカスミスパゲッティーを食べて笑うシーンがあります。

 当然、浅野の真っ黒な歯が画面には映ります。

 この時、ドラマを観ていた視聴者は気づいたのです。歯が真っ黒になってしまうグロテスクなキワモノ料理かと思いきや、そんなにグロくないじゃないか、と。

90年代に「トレンディードラマの女王」と称された浅野ゆう子(画像:アデランス)



 浅野ほどの美人が、真っ黒になっている歯を見せているのだから、自分たちがやってもいいじゃない。そう、イカスミで口が真っ黒になっても恥ずかしくないことを世間に知らしめ、ブームの礎を築いたのは彼女だったというわけです。

 なお、このドラマは最終回でもやっぱりイカスミスパゲッティーを食べるシーンが登場します。1回目はディレクターの指示でしたが、最終回のシーンでは浅野のリクエストだったとか。よっぽどおいしい店のものだったのでしょうか。

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