日本人が「パスタ ≠ スパゲッティ」と知ったのはいつから? 都内買い占め騒動を契機に考える

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日本人が「パスタ ≠ スパゲッティ」と知ったのはいつから? 都内買い占め騒動を契機に考える

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昼間たかし(ルポライター、著作家)

現在ではよく知られた、パスタとスパゲッティの違い。それが広まったのはいつごろだったのでしょうか。ルポライターの昼間たかしさんが解説します。

災害ニーズが高いパスタ

 新型コロナウイルス感染拡大で、東京のスーパーマーケットでは買いだめに走る多くの人の姿が見られました。

 2019年の台風時も基本的には同じで、こうしたときにスーパーマーケットからまず消えるのはインスタントラーメンとパスタです。棚からパスタとパスタソースがごっそりと消えている光景は、ある意味圧巻と言えます。

パスタのひとつあるリガトーニにミートソースかけたもの(画像:写真AC)



 パスタを買う多くの人は、手間が掛からずかつ保存性が高いことを重要視しているためか、パスタソースは消えているのに、ソースの原材料はまったく売れていないのも驚きです。

本場イタリア人びっくりの独自ぶり

 そのようなパスタですが、日本で独自の進化を遂げているのをご存じでしょうか。とりわけ東京では、「路スパ」「ロメスパ」と呼ばれる日本流にカスタマイズされた店舗をよく見かけます。いわゆる、「スパゲッティ屋」です。

 大半の店は太めの麺をゆで置きし、注文が入るとフライパンでジャーッと炒めています。ナポリタンしかり、「本場イタリアの人が見たら怒るんじゃないか」などとつい思ってしまいますが、これが非常においしいのです。デカ盛りで、小松菜がたっぷりと入ったしょうゆ味のスパゲッティなんて、もう最高です。

かつて「ジロー風スパゲティ」を提供していた東京大学本郷キャンパス(画像:(C)Google)

 話が少し脇道にそれますが、東京大学本郷キャンパス(文京区本郷)の食堂に一瞬登場して消えた「ジロー風スパゲティ」も一度食べたら忘れられない味でした。こちらも完全に日本流にカスタマイズされていました。

東京の昼飯時には行列も

 ちなみに「ジロー風」といっても、ラーメン二郎とは何の関係もありません。

「ジロー風スパゲティ」は1980年代に九州大学(福岡市)の学食に現れたと言われる、

・めんたいこ
・ツナ
・しそ昆布

とパスタ麺を炒め、バターやしょうゆで味付けして、最後に卵をからめたものです。日本式パスタの代表格といえる、たらこスパゲッティが「超進化」したものといえるでしょう。

九州大学の学食で30年以上親しまれた名物メニュー「ジロー風スパゲティ」(画像:ふくや)



 そのようなニュースタイルのメニューが次々と出てくることからも、日本人のパスタ好きがわかります。東京の昼時ともなると、サラリーマンがあちこちで路スパに行列しています。

 確かにフォークにくるくる巻かずに、ズルズルと音を立ててかきこむ様子は食欲をそそります。ちなみにイタリアでも、パスタはもともと手づかみで食べていたそうです)。

1980年代の主流は「スパゲッティ」

 はて、ここまでパスタとスパゲッティという言葉を何度も使ってきましたが、ひとつ気にならないでしょうか。果たして日本人はいつから「パスタ = スパゲッティ」ではないことに気づいたのか、と。

 パスタは小麦粉を水や卵で練っためん類の総称で、スパゲティはパスタの中のひとつに含まれます。

 今では、パスタは形や太さでそれぞれ呼び名に違いがあることを、多くの日本人は知っています。しかし、それに気づいたのは結構最近のような気がします。かつては、イタリアで使われているスパゲッティの「しゃれた呼び名」と勘違いしている人もいたほどですから。

 資料を調べてみると1980年代はスパゲッティという呼び方が主流です。既にこの頃からスパゲッティは食卓に定着し始めていますが、あくまでイタリアをまねた、日本風の麺を使ったものでした。

 今ではよく見かけますが、イタリア産のスパゲッティは当時貴重で価値がありました。『anan』1986年3月14日号のスパゲッティを扱った記事ではこんな記述があります。

「スパゲッティはなぜディチェコなのか。粘りというか腰というか違うんですよね。その腰の強さと粘りをだしてくれるのがデュラム小麦のセモリナ。イタリアでは、この材料100%で作ることが義務づけられているくらいなのです」

「ディ・チェコ No.12スパゲッティ」(画像:日清製粉グループ)

 ディチェコのスパゲッティというのは、スーパーマーケットでよく見かける青いパッケージの製品です。安くておいしいイタリア産スパゲッティの定番ですが、この当時はまだまだ高級品。『anan』では青山にある紀伊国屋で、ひとつ400円で販売されていると記されています。

日本とイタリアの製品に差があった時代

 紀伊国屋といえば、東京を目指す人たちがいつかは普段使いをしてみたいと憧れる高級スーパーマーケットです。そのような店でないと売っていない上に、価格は400円。今はどの種類でも200円台後半~300円前後ですから、なるほどイタリアは遠いはずです。

 このような状況で、日本のスパゲッティが独自に進化したのもうなずけます。

 また現在の日本で製造されているパスタは、基本的にデュラム小麦のセモリナ(粗びきにした小麦)を使っています。それを使っていることに価値があるという前出の記述から、当時の日本製のスパゲッティが現在からは想像できない味や食感だったこともわかります。

デュラム小麦を粗びきにした「デュラムセモリナ」(画像:日清製粉グループ)



 そのような日本製スパゲッティを食べようとすれば、炒めまくってしょうゆで味付けしたり、めんつゆで味を染みこませるなど、うどんとかそばの延長にある食べ方になるのも当然でした。

1980年代末に起きた変化

 そのような素朴な時代が終わって、「パスタ = スパゲッティではない」という意識が広まったのは1980年代末のことでした。

 この頃になると、日本にイタリア料理店が増加します。

ユニークな形をしたパスタのコンキリエ(上)とニョッキ(画像:写真AC)

 そこでは、それまで日本人がほとんど見たことがなかったニョッキやコンキリエのような、麺の形をしていないパスタを使った料理が出されました。イタリア料理といえば、スパゲッティとピザしか知らなかった人にしてみれば、革命的な変化だったと言えます。

「『そうネ。ホウレン草はタリアッテレにペンネ、詰めもの入りのカペレッティなんかも悪くないね』ぐらいのセリフは、さりげなくこなしてみたいもの」(『DIME』1989年9月21日号)

 そのようなうんちくを得意げに語るのも、ブームになりました。それから1990年代の10年余りのときを経て、パスタという言葉は日本に急速に普及していったのです。

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