東京人が高級車より「ラグビー観戦チケット」を心から欲しがる理由

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東京人が高級車より「ラグビー観戦チケット」を心から欲しがる理由

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松田久一

ジェイ・エム・アール生活総合研究所代表取締役社長

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令和時代の東京人の先端的なライフスタイルの変化について、ジェイ・エム・アール生活総合研究所代表取締役社長の松田久一さんが解説します。

令和の先端的なライフスタイルとは

 2010年代に東京(23区)の生活と暮らしは、大きく変わりました。かつて、東京暮らしと言えば、「サザエさん一家」でした。

東京と東京人のイメージ(画像:写真AC)



 しかし今の東京は、「サザエさん一家」のような「中流生活」はみんなが実現できるものはなくなり、モノがそろった生活からさまざまなコンテンツやサービスによる豊かな体験に満ちた暮らしへと変貌しています。

 特に、先端的なライフスタイルではその傾向が顕著にみられます。それは、持ち家やクルマ、最新家電を所有して他人から認められる時代から、他人が模倣できない体験を誇示する消費へと変化していることを意味します。

 なぜそうなったのかを知るために、少し昔を振り返ってみます。

大正時代に大きく開花した「中流生活」

 サザエさん一家は、郊外の世田谷の持ち家に住み、三世代同居で、家長の波平さんやカツオさんの男性陣はサラリーマンとして安定収入を得て、都心に電車通勤。サザエさんや女性陣は専業主婦として、近所の商店街で買い物をし、家事と育児を担うというものです。

 描かれた時代によって違いますが、サザエさん一家は、いつもカラーテレビなどの当時の最新の家電に囲まれて暮らしています。そこには、テレビの前のちゃぶ台を囲んだ一家団らんがあり、日常の波乱を乗り越えていく平穏無事な暮らしがあります。

 この中流生活は、大正時代に生まれ戦後、大きく開花しました。東京では霞ヶ関と丸の内に官庁街とビジネスセンターが形成され、働く人々が家庭を形成し、暮らしていく場として郊外が誕生しました。

東京と東京人のイメージ(画像:写真AC)

 従って、郊外は通勤できる場所から始まりました。最初の郊外は番町や麹町になります。しかし産業化が進み、サラリーマンや役人が増え、交通機関が、徒歩、馬車や人力車から、鉄道やターミナルに乗り入れた私鉄へと発達するに連れ、どんどん西へと延伸しました。世田谷は、戦前に開発され、戦後に急速に郊外化した地域です。

失われた性別分業

 このサザエさん一家を成り立たせている条件は、安定的な収入と、都心で働き、郊外に住むという職住分離。男は外で稼ぎ、女は家事育児という性別分業です。すでにおわかりのとおり、これらの条件は、すべて失われました。

東京と東京人のイメージ(画像:写真AC)



 年功序列のような安定収入が得られる仕事は、公務員でもありません。郊外はどんどん延伸し、平均通勤時間は1時間を越えています。性別分業も、女性の高学歴化や社会進出によって成立しません。

 男性の収入が増えず、安定収入が期待できないことから、女性の就業率も増えています。そもそも、国勢調査によると「夫婦と子供」の世帯は28%、サザエさんのような「三世代同居」家族は10%以下です。

 しかし現在では、誰もが波平さんのように一定の学歴を身につければ、サザエさん一家が実現できる生活やライフスタイルではなくなりました。

「サザエさん一家」が実現できなくなったワケ

 ふたつの理由があります。

 経済的には、2010年代のアベノミクスの結果です。異次元の金融緩和によって、マネーが証券市場と土地に流れ、株高と地価上昇をもたらしました。他方で、雇用所得はほとんど伸びていません。その結果、所得が株価や地価を通じて、再配分されることになりました。

 そしてもっとも減少したのが、サザエさん一家が含まれると思われる「中流生活」の収入階層です。1000~1500万円の「中の上」の階層が約20年で5%ほど減少しています。例えるなら、波平さんが定年退職し退職金を得ますが、収入が大幅にダウンし、年金と預貯金の取り崩しで生活することになります。

 カツオさんは老後に備えて年金の不足を貯蓄しようとしますが、子どもの教育費がかさみ、アルバイトを始めるというシナリオです。サザエさん一家は、現在の中流生活を支えるのが精いっぱいになります。収入階層もワンランク落ちて「800~1000万円」層に落ちたということでしょう。意識も「中の上」から「中の中」へとダウンしました。

目的から手段になった「所有」という概念

 さらに、価値観の変化もあります。中流生活を特徴づける物的財の所有では充足できなくなってきました。

 持ち家、クルマや家電などは、保有にスペースをとります。合理的に考えるならば、ランニングコストとなるスペースという機会コストがかかります。物的財はスペースを占有し、地価上昇によって、持つ機会コストが高まります。

東京と東京人のイメージ(画像:写真AC)



 若者なら都心に住んで、冷蔵庫代わりにコンビニを利用し、洗濯機や乾燥機の代わりに洗濯代行サービスを利用した方が安くなります。

 さらに、持ち家、クルマ、最新のIT家電を持つことの価値が低下しているのは、所有が目的ではなく、手段にすぎないからです。住まい方があって住宅があり、移動があってクルマがあり、不便や不満の解消にIT家電があります。所有することが目的ではありません。

所有ではなく体験する

 人々の間に普及の差があった時期には、所有することが「社会的なシンボル価値」を持ち、「見せびらかす」こともできました。1970年代には、ピアノを持つことがステータスシンボルになりました。最近では、都心への通勤1時間以内の高層マンションに住むことが、経済的価値以上の象徴的な価値を持っていました。

 しかし、これらの物の普及が進むと、商品の価値以上の社会的な価値は低下します。すると商品だけの効用に収束し、持つ機会コストの上昇やリスクが加わりますので、所有することの価値は低くなります。

 現代の東京生活を象徴するものは、所有しているものではなく、かけがえのない体験をすることです。

 いくら収入や資産があっても、住宅、クルマやIT家電などは購入せずに、すべてフローで「サブスクリプション」で必要な効用を享受し、他人が模倣できない、かけがえのない体験を消費することに重点を置きます。

他者にはまねのできない体験を

 株などのリスク資産は「長期運用」し、住宅などの実物資産は1年で3回も売り買いして引っ越し、「短期運用」する人もいます。資産を運用し、お金に「働かせ」稼がせ、目に見えない体験を消費するというライフスタイルです。

 調査をすると、これははっきりします。物の所有で、東京と地方の差はほとんどありません。むしろ、持ち家、クルマや家電に関しては地方の所有率が高くなっています。低収入層の若者で、職住接近を優先する狭小住宅に住むような持たざる「ミニマリスト」が多くなります。外食などの支出もあまり変わりません。

 しかし、「コンサート、観劇、スポーツ観戦、ネイルやエステ」などへの支出になると、差がでます。当社(ジェイ・エム・アール生活総合研究所)の調査によると、東京の約30%に対して、地方では5%以上低くなります。

東京と東京人のイメージ(画像:写真AC)



「中の上」ではもっと顕著に表れます。つまり、現代の東京の暮らしをリードするライフスタイルは、持つ機会コストやリスクをフローで回避し、他者にはまねのできない、生きがいにつながる、かけがえのない体験を重ねることに重点が置かれています。

 直近で言えば、2019年のラグビーW杯をスタジアム観戦した試合や回数、チケットの入手しにくいコンサートに行ったか、どうかが話題となり、自己顕示できる「ヤバい!」消費になっています。

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