2200年前の太古からやっぱりず~っと猫のトリコだった人間たち【連載】月刊 猫を読む(1)
紀元前200年に「猫のミイラ」が作られたワケ 冬はミイラを思い出す季節。 低い湿度や寒さのせいで極度に悪化した乾燥肌は「ミイラ肌」と呼ばれることもあるそうですが、今シーズン、東京で話題になっているのは、上野の国立科学博物館で2020年2月24日(月)まで開催中の特別展「ミイラ 『永遠の命』を求めて」。 展示されている43体のうち、特に猫好きが目を光らせているのは、ドイツの考古学博物館からやって来た「猫のミイラ」。筆者は勝手に 「ミイニャン」と命名しました。 猫本専門書店「キャッツミャウブックス」の猫たちと今回紹介した本(画像:安村正也) エジプトで、紀元前200~紀元前100年頃につくられたこのミイニャン。ご存じの通り、古代エジプトにおいて猫は神の化身として崇拝されており、一緒に暮らしている猫が亡くなったときや、高位の人物が他界したときに冥界へのお供として、ミイラにされることがありました。 猫が大事にされていたことのわかる記述が、古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの著した『歴史』の巻二(エウテルペの巻)にあります。 「猫が自然死を遂げた場合、その家の家族はみな眉だけを剃る」 「死んだ猫はブバスティスの町の埋葬所へ運び、ここでミイラにして葬る」 (引用元『ヘロドトス 歴史 (上)』松平千秋訳/岩波文庫) 猫を死なせることがあれば、当時は故意でなくても死罪になったと伝えられています。それほど猫があがめられていたのなら、もっとザックザクと猫のミイラが発掘されてもいいのでは? と思いますよね。 いや実は、とっくの昔にザックザク掘り出されていたのです。ベニ・ハッサンという都市の郊外から出てきたその数は、なんと30万体(出典『新装版 猫の歴史と奇話』(平岩米吉著/築地書館)。 しかし発見された1890年代、ミイラはその価値が理解されておらず、イギリスに船で送られて肥料にされてしまったとか! いくら猫好きでも、「せめて猫のミイラを肥料にした作物を食べてみたかった」などと考えてはいけません。この時、野生のヤマネコがどのように家畜化してイエネコが生まれたのかを知る貴重なDNAも失われてしまいました。 ミイラからクローンへ……終わりなき猫への愛ミイラからクローンへ……終わりなき猫への愛 ところで古今東西を通じ、猫を崇拝する「かたち」として、さまざまな像がつくられたり、描かれたりしていますが、エジプトのほかにミイラはいなかったのでしょうか。 ここで『図説 動物シンボル事典』(ヴェロニカ・デ・オーサ著/八坂書房)をひも解くと、「ネコ」の章に意外な事例を見つけました。 かつてヨーロッパでは、建物の壁に猫を塗り込めると魔よけになるという俗信があり、結果的にミイラ化した猫の遺体が見つかることが少なくないのだそうです。 エドガー・アラン・ポーの『黒猫』のごとく、壁の裏から猫(ただしミイラ)を発見してしまうのは、大掃除でたんすの脇から干からびた黒い虫G(あえて名前は書きません)に遭遇する以上の衝撃があることでしょう。 ウィーンにある歴史博物館所蔵の人柱の代わりにされた猫のミイラの写真を見ていると、切ない気持ちになってきて、置物にしたくなるようなかわいさのミイニャンとは比べようもありません。もう、ミイラ展でミイニャングッズも売ってくれたらいいのに。 猫本専門書店「キャッツミャウブックス」の猫たちと今回紹介した本(画像:安村正也) 閑話休題。エジプトの猫のミイラは、多くが来世での再生と復活を願ってつくられたものと思われますが、現代において、愛する猫をミイラやはく製にして残そうとする人がいたらどうでしょう。きっと、あだ名は悪趣味男(あく・しゅみお)とかグロテスクマン(ちょっとカッコいい)になります。 ところが、時代はもっと先に進んでいました。『サイボーグ化する動物たち ペットのクローンから昆虫のドローンまで』(エミリー・アンテス著/白揚社)を読むと、サブタイトルにもある通り、クローン技術による愛猫の再生がすでにビジネスとなっていることを知ります。来世どころか現世での復活! 現在ではまだまだ高額の費用が掛かる方法ですが、仮に安価で依頼できるようになっても、筆者は店員たちのクローンをつくりたいとは思いません(店員とは、当店にいる元保護猫たちのことです)。なんだか、『ペット・セマタリー』(スティーヴン・キング著/文春文庫)に書かれているような気味の悪さを感じるのですが、皆さんはいかがでしょう。 最後に改めて思うのは、なぜ今でも人はミイラに魅入られるのか(駄じゃれではありません)。「永遠の命」への思いが込められたミイニャンの造形をながめつつ、いつまでも乾燥肌をかきながら考えてしまうのでした。
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