アニメの登場人物からYouTuberまで 現代の若者の「推し」が驚くほどバラバラな理由
変容する現代の「オタク像」のその背景 1970年代以降に生まれたとされる「オタク」という言葉はかつて、アニメやゲーム、漫画など、当時まだ傍流にあった一部のサブカルチャーに対して猛烈な情熱を傾ける愛好者たちを指し示す、ごく限定的な呼称でした。 ややネガティブなイメージさえまとっていたこの単語が、これほど一般的に使われるようになったのは、一体なぜなのでしょう。 まるで仕事のように精を出す「推し事」 今、Z世代(1996~2012年に生まれた若者たち)の間では「推し事(おしごと)」の多様化が進んでいます。 「推し事」とは、自分の好きな有名人やコンテンツなどを「推す事」、つまり応援することで、「ヲタ活」とも言われています。お仕事をもじった造語であり、それはあたかも一種の仕事のように精を出すものとして捉えられている向きもあります。 現代の若者の「推し」は、アイドルからYouTuberまで、実にバラバラ。一体なぜ?(画像:写真AC) 好きな対象を指す「推し」という表現自体は以前から使われていましたが、広く一般に知られるようになったのは、国民的人気アイドルグループとうたわれたAKB48の全盛期である2010年頃からでしょうか。 いわゆるオタクの聖地、東京・秋葉原を拠点とした彼女たちの大ヒットは、オタク的とされるコンテンツやその楽しみ方、受け手側である消費者の振る舞い方なども含めて、オタクとそれ以外の人々との境界をよりあいまいなものにするという足跡(そくせき)を残しました。 そして2020年現在。オタクを自認する人の層も、推す対象のジャンルもさまざまに広がりを見せています。 アニメやゲーム、漫画、それにアイドルだけではなく、YouTuberやTikToker、バンド、モデルやInstagrammerなど、それぞれの推しのカテゴリーは見事なまでにバラバラです。YouTuberひとつを取っても「はじめしゃちょー」「水溜りボンド」「ポッキー」「あさぎーにょ」など、例をあげたらキリがありません。 常に新しいコンテンツに触れる若者たち常に新しいコンテンツに触れる若者たち なぜ現代は、これほどまでに個々人の「好き」がバラバラなのでしょうか。 Z世代の若者の流行を調査・分析する私たち「Z総研」は、彼らが常に新しいコンテンツに触れやすい環境にあることがその一因だと考えます。 Z世代はSNSを日常的に使っており、友達とコミュニケーションを取るだけでなく情報収集の目的でも積極的に活用しています。リアルの友達とつながっているアカウントとは別に、「推し事」関連の情報を集めることだけに特化した専用のアカウントを作っている人も少なくありません。 彼らに話を聞いてみると、「推し」の投稿を見たり情報収集したりする中で、ほかのユーザーからのシェアなどを通して新しい推しを見つけたり、もともと推しという存在はいなかったけど人に勧められて見てみたらファンになってしまったり、たまたま見かけたコンテンツに気づいたらドはまりしていたりと、実にさまざまな場面や方法で推しに出会っているようです。 いくつもの投稿が流れていくTwitterやInstagramのタイムライン。YouTubeに表示される「あなたへのおすすめ」欄。偶然目に留まったTikTok……。 少し古風な少女漫画に、朝、通学途中の曲がり角で偶然ぶつかった相手にひとめぼれをする……というエピソードがありましたが、SNSを使いこなす現代の若者はそうした「偶然の出会い」や「出会いがしらの恋」を、1日に何度も経験しているようなものなのかもしれません。 あの曲がり角を曲がった先に、また新しい出会いが待っているのかもしれない(画像:写真AC) SNSの普及などによって、情報の発信者も数えきれないほどに増えています。意図せず出会う無数の情報やコンテンツの中から、自分の好きなものを選び出す。これが、若者それぞれが多種多様な推しを持つようになった背景だと考えられます。 オンライン化により加速する「推し事」オンライン化により加速する「推し事」 それでは、実際「推し事」に精を出す若者たちは、具体的にどのようなことをしているのでしょうか。 東京に住む女子大生のひとりに話を聞いてみたところ、 「私の推しはあるYouTuberですが、彼の登場するイベントは日本全国どこで開催されても行きます。グッズも必ず全種類を買いますし、ファンクラブに入るなど、自分ができることは全力でやります。SNSのチェックはもちろん欠かしません。私の行動が彼の生活(収入)に少しでも貢献すればいいなという気持ちです」 とのこと。 「推しを応援し、支えたい」という心理は、いつの時代でも熱烈なファンにしばしば見られる傾向であり、推し事に熱中するZ世代も例外ではありません。 新型コロナ禍の今、オンラインでの「推し事」も実に多様になっている(画像:写真AC) 上の世代と違いがあるとすれば、デジタルネーティブと呼ばれるZ世代はオンライン上でのコミュニケーションに非常に慣れていて、かつ今、ウェブを介したイベントが盛んに行われるようになっているという点でしょうか。 新型コロナウイルス感染拡大防止のためさまざまなイベントがキャンセルとなっている2020年、返金されたチケット代を、グッズを買う代金に回したという人もいます。会場に足を運べなくても、オンラインで参加できるチェキ会(推しと一緒にインスタント写真を撮れるイベント)やサイン会、誕生祭まで開かれています。 大好きな推しのため、どのような状況であっても彼らは「推し事」を怠りません。むしろこのような状況だからこそ、推しを支えたいという思いはいっそう加速するのかもしれません。 推しを推してる自分のことも、実は好き推しを推してる自分のことも、実は好き ところで以前、「推しているバンドが有名になったら、自分は推しを卒業する」という若者の話を聞いたことがあります。「ほかの人と(推しが)一緒なのは嫌」と話す人も。「推し事」に励む若者たちは、実際のところどの程度「推し」のことを「本当に好き」なのか、これも気になるところです。 もちろん人によってその熱量はさまざまですが、疑問に答えるひとつの手掛かりとして「リアコ」という言葉があります。 これは推しに「リアルに恋をしている」ことを指す言葉。推しのジャンルにもよりますが、SNSなどのコミュニケーションツールの発達によって、推しとファンとの距離はかつてとは比べ物にならないほど近くなっています。このことから推しへの「好き」が強くなり「本気の恋」になりやすい傾向があるのでは、とも考えられます。 夢中になって「推し」を推している自分自身のこともまた好きだという若者も(画像:写真AC) 一方で、自分がリアコであることや、「推し」に自分の存在を認知してもらうことをステータスと感じている人もいて、推し事がファッションのようになっている側面があるのも事実です。 ファッションのように、自分の中での流行が過ぎたらまた新しい推しを探して乗り換えていく。何せ、次の推しになりうる対象は、SNSの中に数えきれないほど存在していますから。 SNSを利用することで新しいコンテンツに出会うことが容易になり、ほかの人とは違う対象を推す人が増え、このことをステータスと感じる人や、推しを推してる自分が好きといった人もまた増えています。 現代のオタクを名乗る人々とその心象は、かつて限られた人だけが自称していたオタクとは、すでにだいぶ違う様相を呈しているようにも感じられます。
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