「カタログは後ろから見る」 自由が丘の人気セレクトショップに全国の逸品が集まり続ける理由

自由が丘に「日本のカッコイイを集めた」セレクトショップがあります。彼らはいったい何にこだわっているのでしょうか。商い未来研究所代表で、小売流通専門誌「商業界」元編集長の笹井清範さんが同店を解説します。


雑貨好きの「聖地」に立地

「住みたい街ランキング」で、常に上位にランクインする東京・自由が丘。そんな自由が丘ではさまざまな流行の最先端に触れられますが、とりわけ多いのが「雑貨」。それぞれの店が個性を競っています。

 そんな雑貨好きの「聖地」であり、激戦区でもあるこの街にあって、ひときわ個性的な店があります。「日本のカッコイイを集めたお土産屋さん」をコンセプトに2010年創業以来、日本産の良いものを発掘して編集するセレクトショップ「カタカナ」(世田谷区奥沢)です。

店主の河野純一さん。「『ここに来るとホッとするの』とお客さまに言っていただけるのが何よりうれしいですね」と話す(画像:笹井清範)



 文具、書籍、おもちゃ、食器、衣料品、服飾雑貨、食品などさまざまなカテゴリーの商品が編集される品ぞろえは一見すると多種多様ですが、実は1本の太い筋が通っています。すべてがメード・イン・ジャパンであり、店主の河野純一さんがほれ抜いて仕入れた品々が並びます。

 人には人柄があるように、店には“店柄”があります。店柄は店主の人柄を色濃く映す鏡です。あなたにもお気に入りの店があり、そこには共感できる人がいるでしょう。では、河野さんはどんな商人なのでしょうか?

店主は鈴屋出身

 河野さんの父はアパレル製品をデザインから型紙に起こすパタンナー、母は縫製の仕事と、河野さんは洋服に囲まれて幼少期を過ごしました。

 たまに父と出掛けるときには、行くのは決まって百貨店などの婦人服売り場。自然と興味は服飾業界へと向いていきました。

自由が丘駅南口徒歩3分。さまざまなテーマで展示が行われ、いつも発見がある(画像:笹井清範)

 大学を卒業して入社したのが、当時の日本ファッション界をリードしていた婦人服専門店「鈴屋」。いつか自分で商売がしたいという夢を持つ一方で、最初に配属された店舗で河野さんは接客と売り場づくりの面白さを学ぶことになります。

「お客さまとの会話の中から気づきを得て売り場を変えると、お客さまに喜ばれ、売り上げにつながる。いまも私が接客を大切にするのは、このときの経験に原点があるのだと思います」

 その後、本部で発注業務や商品開発業務を歴任し、商売のしくみと面白さを学んでいた1997(平成9)年、鈴屋が経営不振から和議を申請。同社をけん引していた先輩たちが相次いで去っていきました。

米国で気づいた日本製品の魅力

 しかし、河野さんは鈴屋立て直しの柱と目される新規事業の担当者のひとりに抜てきされ、取引先開拓、情報収集などで国内外を飛び回ることとなります。そこで出会ったのが、日本各地で注目を集めていたセレクトショップの店主たちでした。

 彼らはいずれも自分と同じ世代。彼らに触れ、あらためて店をやりたいという思いが強くなっていったのです。

 また、ニューヨーク出張でファッションの最先端で働く人たちと仕事をしているときのこと。そのひとりが河野さんにこう言いました。

「それ、カッコイイね」

 彼は、河野さんが使っていた日本製のシャープペンシルのデザイン性と機能性の高さを激賞したそうです。日本製のなかにも世界に誇るべきカッコイイものがあると実感した瞬間でした。

 河野さんが日本製の良品に注目、起業を決意したエピソードがもうひとつあります。職場結婚した妻・与輔子さんが病にかかり、薬の副作用もあって味覚を失い、食欲がなくなってしまったことがありました。おいしいものが好きな彼女にまたおいしいものを味わってほしい――これが河野さんの願いになったのです。

創業きっかけをつくった曲げわっぱ弁当箱。秋田県大館でつくられているものを扱う(画像:笹井清範)



 ある記念日、何か思い出になるものを買おうとなったとき、与輔子さんから日本の伝統工芸品のひとつ、曲げわっぱの弁当箱をリクエストされました。そこで河野さんは百貨店で秋田杉を素材とする曲げわっぱ弁当を探し求め、彼女はそれにお弁当を詰めて出社すると……。

「ご飯がとてもおいしかった。これだったら食べられる」

と、与輔子さんは帰宅するなり笑顔を見せました。日本製ってすごい――こうして河野さんは日本製の良品に魅了され、40歳で鈴屋を退社。1年間の準備期間を経て、東京・自由が丘に13坪の店を開いたのです。

「お金はありませんから、行く場所だけあたりをつけて、青春18きっぷで産地をアポなしで訪ねました。その土地を知り、その土地でつくられる良品を知ると、必ず出会えるんですよ、素晴らしいつくり手に。こうした“さがしモノの旅”を繰り返し、カタカナを育てていきました」

開業時からぶれない三つの基準

 品ぞろえには、三つの基準があります。

世田谷区奥沢にある「カタカナ」(画像:(C)Google)



 第1に日本の良品であること。長く愛用でき、大メーカーが大量の広告費を使って宣伝しているものより、つくり手の思いや人柄がこもり、それが使い手にも支持されてつくり続けているものです。

 第2は適正価格。同店には数十円の雑貨から数万円の衣料品や工芸品があります。高価な商品でも、機能だけを考えるなら100円ショップでも買えるものがあっても、消費者としてその価格に納得できる理由があれば、それを伝えることこそ伝え手である商人の役割と河野さんは考えています。

 そして第3はカタカナらしさ。見た目だけの表面的なデザイン性だけではなく、内面から感じられる面白さや懐かしさ、そして新しさを大切にしています。

「例えば、カタログは後ろから見ます。前のほうには新商品だったり、売れ筋が載っていたりしますが、後ろには、そのメーカーなりつくり手がどうしても伝え続けたい愛着ある商品が載っているものです。そんな良品にこそ、カタカナの世界観と共通するものがあります」

と、河野さんは品ぞろえのコツを教えてくれます。

「素直な心で笑顔を追い求め続ける」

 そんな河野さんが持ち前の笑顔を失っていた時期がありました。それは渋谷駅前に開業した商業施設に出店し、売り上げも順調に伸びていたときのこと。自分ばかりか、従業員たちの顔から笑顔が消えていることに気づいたのです。

「あのころの僕は変でした。競合店に品ぞろえがパクられたといら立ったり、日々の売り上げに一喜一憂したり。いつも売り上げと競合店ばかり気にしていました。木ばかりを見て、森を見られなくなっていたんです」

 自分が何のために商売を始めたのか? それは関わる人たちを笑顔にするためだったと思いなおし、商業施設から撤退。「もう一度、この小さな店を輝かせることに集中したい」と、

「素直な心で笑顔を追い求め続ける」

という理念を立てました。

 いま、売り場には笑顔が戻っています。カタカナらしさを共有する従業員の笑顔、いつも驚きと愛着を感じさせてくれる品ぞろえに「この店は私のお店」と感じてくださるお客さまの笑顔、そして河野さん自身の笑顔です。物を通じて人を笑顔にするという思いを胸に、河野さんの日本全国を回る「さがしモノの旅」はこれからも続いていきます。

スタッフ全員で記念写真。「みんなの笑顔の写真はカタカナの宝です」と河野さん(画像:笹井清範)

 このように、どんな店にもドラマがあり、お客さまに喜んでもらおうと努力する人がいます。オンラインであらゆるモノが買える時代だからこそ、街を歩き、店を訪れ、人に出会いませんか。そこにはきっと、足を運んだ人だけが得られる発見と学びがあるでしょう。


【画像】カタカナ開業時から販売される「革小物」

画像ギャラリー

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