「声援」「かけ合い」はNG! コロナ禍のライブは歌手・ファンの距離をどう変えた?

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「声援」「かけ合い」はNG! コロナ禍のライブは歌手・ファンの距離をどう変えた?

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村上麗奈

音楽ライター

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音楽ライブに欠かせない演出といえば、アーティストとオーディエンスとの「コール・アンド・レスポンス」です。しかし新型コロナ禍では有観客ライブや声援・掛け合いを自粛するよう要請されました。アーティストとファンたちにはどのような変化があったのでしょうか。音楽ライターの村上麗奈さんがリポートします。

生ライブならではの醍醐味とは

 ポピュラー音楽のライブには欠かせない存在の「コール・アンド・レスポンス」。アーティストとオーディエンスとの「掛け合い」のことを指します。新型コロナウイルスの流行以前は、どんなステージでも定番と言える演出でした。

 東京ドーム(文京区後楽)や日本武道館(千代田区北の丸公園)など、国内を代表する会場を何万人というファンが訪れ、生のパフォーマンスを見届ける。CD音源やテレビの音楽番組では味わえない生のパフォーマンスを支える重要な演出として、コール・アンド・レスポンスは取り入れられてきました。

ライブ会場として多くのアーティスト、ファンのあこがれの舞台となっている日本武道館(画像:写真AC)



 しかしコロナ禍である2021年現在、感染予防対策のため観客は声を出さずにライブを楽しむことが必須になっています。

 そして新たなライブの形式を模索すると同時に、新たなコール・アンド・レスポンスの形が模索されています。

 コール・アンド・レスポンスの起源は100年以上前に遡ります。発祥の地はアメリカ。奴隷(どれい)として苦役を課せられていた人々は、労働中に歌を歌うことがありました。この際にコール・アンド・レスポンスが行われていたのが始まりとされています。

 ここでいうコール・アンド・レスポンスは「交互唱」で、前の人が歌ったものを繰り返すことで、肉体労働のテンポを良くすることができたといいます。

 コール・アンド・レスポンスはその後、ゴスペルやジャズなど多くの音楽で使用されるようになります。

日本の労働歌にもある「掛け合い」

 奴隷制が廃止された1865年以降、教会を持てるようになった黒人。礼拝時に黒人牧師が説教原稿を読み上げると、集まった人々は感情が高まり、牧師の言葉を繰り返しました。これがコール・アンド・レスポンスがゴスペルで見られるようになったきっかけです。

 教会から生まれた「ゴスペル」にコール・アンド・レスポンスが多いのはこのためなのです。

教会のイメージ(画像:写真AC)



 このようにコミュニケーションのひとつとしても利用されてきたコール・アンド・レスポンスですが、作業の際の意思疎通といった用途でさまざまな民族音楽に使用されています。

 日本も例外ではなく、「ヨイトマケの唄」など作業、労働の掛け声を元にして作られた楽曲が存在します。

 現在、ポピュラー音楽のライブで定番となっているコール・アンド・レスポンスは、海外のロックブームで出来上がったものの踏襲であると考えられています。

 1985(平成60)年に行われた英ロンドン出身のロックバンドQueenのライブで、ボーカルのフレディ・マーキュリーが7万人強のオーディエンスをまとめあげた「EEEEEOOOOOO(エーーーーオ)」のパフォーマンスは有名なもののひとつでしょう。

 信仰の表現でもなく、労働作業とともに用いられるのでもない、純粋な音楽的楽しみとしての掛け合い。日本国内の場合、そのような傾向は顕著だと考えられます。ポピュラー音楽のライブに視点を移し、コール・アンド・レスポンスによるいくつかの効果を考えてみることとしましょう。

浜崎あゆみに見る掛け合いの意味

 まずひとつは、オーディエンスとアーティストの意思疎通です。

 特にSNSなどがなかった時代、オーディエンスと歌手がコミュニケーションを取る手段として効果的でした。歌詞の意味を深く共有するために、アーティスト自身がただ歌い上げるのではなくオーディエンスに向けて生きた言葉として投げかけるのです。

 例えば、代々木第一体育館(渋谷区神南)や味の素スタジアム(調布市西町)など大規模な会場でのライブを長いこと行っている浜崎あゆみのライブでは、自身の楽曲「evolution」でのコール・アンド・レスポンスが定番です。

 サビのフレーズ、

<こんな時代に生まれついたよ
 だけど君に出会えたよ>

を本人とオーディエンスが順番に歌うコール・アンド・レスポンスの形は、ライブで顔を合わせるからこその意味が付与されます。

ライブでの、アーティストとオーディエンスの掛け合いのイメージ(画像:写真AC)



 楽曲の中でも主題的な存在感を放つこのフレーズですが、ライブでオーディエンスとやり取りをすることで、歌手が思いを伝え、感情を表現する時間へと意味合いが変わります。

 楽曲を通して意思疎通を図ることで、オーディエンスひとりひとりに語りかけるように思いを伝えることができる効果を発揮しているでしょう。

無観客・声出しNG時代の楽しみ方

 一方で、歌詞の意味内容関係なしに、同じ場で声を出すことによって一体感や盛り上がりを目指す例もあります。

 ロックバンドなどではその例が多いかもしれません。歌詞の繰り返しではなく、呼びかけと応答といった形の、煽(あお)る・煽られるの関係性などです。

 同じ場に集合しているからこその楽しみであったコール・アンド・レスポンスですが、2020年からのコロナ禍以降、ライブに参加して自由に声を出すこともままなりません。

 しかし、それでも新たな盛り上がり方、意思疎通の仕方が模索され続けています。

 配信での無観客ライブも多く行われるようになったことにより、声同士のコール・アンド・レスポンスではなく、チャットやSNSによる文字情報も利用されています。

 アーティストの言葉や歌詞に対し文字で反応し、疑似歓声や疑似コール・アンド・レスポンスが行われているのです。

ライブでオーディエンスが持つサイリウムのイメージ(画像:写真AC)



 有観客ライブでは、声が出せなくても別の方法で盛り上げることができるよう、新たにグッズを作るアーティストもいます。サイリウムや鳴子など、視覚や聴覚を賑わせるものを中心に、アーティストによって趣向を凝らしたグッズが発売されています。

 これまでもあった、簡単な振付の共有や手を挙げるなどの反応もそれまでより積極的に導入されています。

進化するコール・アンド・レスポンス

 アーティストによって、コール・アンド・レスポンスを行う定番曲があったり、お決まりのフレーズがあったりと、ライブならではの時間としてコール・アンド・レスポンスは重要な役割を果たしてきました。

 それが従来のようにできないことは残念なことではありますが、それでも新たなライブでのコミュニケーションの取り方は考え続けられています。

 ライブの盛り上がりの形は、決して声を挙げるだけではありません。長い歴史を持つコール・アンド・レスポンスですが、その歴史はさらに更新され続けるでしょう。

 技術の発展なども含め、この先もさまざまなライブの楽しみ方が生まれるのではないでしょうか。

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