新大久保「伝説ラーメン店」に出会って人生一転 元歌舞伎町ホストが常連に叱咤激励されながら紡ぐ伝説のDNA【連載】ラーメンは読み物。(3)

雨後のタケノコのごとく生まれ、そして消えてゆく都内のラーメン店。そんな激しい競争を勝ち抜いた名店を支える知られざる「エネルギー」「人間力」をフードライターの小野員裕さんが描きます。


かつて「めとき」というラーメン店があった

 新大久保にかつて、永福町大勝軒(杉並区和泉)系列のラーメン店「めとき」がありました。褐色の醤油スープはほどよい煮干しの香りで、麺は少々柔らかめ、ボリュームは一般店の2倍ほどで小盛りでも十分な量。焼き豚は大ぶりで、具はひき肉とあえた細メンマ。キリっとエッジの効いた醤油スープの表面は脂で熱々でした。

 めときの店主はメディアの取材を断り続けていましたが、人柄は実に穏やか。しかし約7年前に体調を崩して休みがちになり、やがて閉店。めときファンの誰もが、

「あのラーメンがもう食べられないのか」

と嘆きました。

来店客にも多い「めとき信者」

 2019年のある日、めときにうりふたつのラーメン店がオープンしたといううわさを聞きました。それは「はな田」(世田谷区上北沢)。私(小野員裕、フードライター)は早々に店に行き、店主の花田拡さんと話をする機会に恵まれました。

「はな田」のラーメン(画像:小野員裕)

 お店ののれんをくぐったとき、お店の女性スタッフから親しげにあいさつされて驚きました。彼女は以前、南インド料理屋「エーラージ」(豊島区南池袋)で働いており、私が取材でかつて同店に訪れたときに居合わせたとのことでした。

 なんという偶然でしょう、世の中は狭いものです。この女性は花田さんの奥さまでした。エーラージの隣には「大勝軒」があり、夫の花田さんはこの大勝軒に勤めていたときに奥さまと知り合い、めでたく結婚されたそうです。

「ところで、めときに影響受けた店と聞いて来たんですよ」

と私。

「それ言われると緊張します。お客さんにめとき信者の方が多くて『これはめときじゃない』って言われますが、まったく同じものを出しても自分のラーメンではなくなるので、変えているんですよ」

 確かにその通り。オリジナリティーを出さなければ自分の店を開いた意味がありません。

修行先は東池袋大勝軒


【画像】「めとき」に影響を受けた「はな田」のラーメン

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