超人気店から独立 孤独を愛する「理系出身店主」が早朝4時から作る至高の一杯【連載】ラーメンは読み物。(1)

雨後のタケノコのごとく生まれ、そして消えてゆく都内のラーメン店。そんな激しい競争を勝ち抜いた名店を支える知られざる「エネルギー」「人間力」をフードライターの小野員裕さんが描きます。


店主は高田馬場「べんてん」出身

 かつて高田馬場(新宿区)かいわいに、人気を博した「べんてん」というラーメン屋がありました。

 諸事情により、2014年6月28日をもって閉店を告知。すると翌日から、行列が3倍にも4倍にも膨れ上がりました。そして最終日前日の夕方からファンが駆け付け、閉店の当日は160人ほどの行列に。さまざまな媒体がニュースとして取り上げ、話題となりました。

 そんなべんてんの店主の傍らで日々尽力していたのが、現在、早稲田に店を構える「としおか」(新宿区弁天町)の岡部さんでした。

「としおか」のラーメン(画像:小野員裕)

 べんてんの従業員のなかで、唯一最後まで勤め上げたのは岡部さんだけ。理系大学を卒業し、べんてんに入店するまでどのような仕事をしていたのかは定かではありません。寡黙な岡部さんは多くを語らないのです。

 岡部さんが従業員として働き始めたのは今から17~18年前のこと。当時岡部さんを含めて従業員は3人いましたが、店主のラーメンへのこだわりや仕事の厳しさから、ふたりは店を去っていきました。そして岡部さんひとりだけになり、奮闘する日々が始まりました。

 厳しい仕事にもかかわらず、文句を言わず真面目に働き、丁寧な仕事ぶりを認められて店主から信頼されるようになった岡部さんは、やがてスープや麺作りを命じられるようになりました。そして地道な修行を経て、店主の味を習得。夜の部を任されるまでになったのです。

 べんてん閉店後、苦楽をともにした製麺機を譲り受け、翌年2015年5月18日にめでたく「としおか」をオープン。べんてんの一番弟子ということもあり、うわさを聞きつけたラーメンファンが列をなし、早稲田かいわい随一の人気店へと成長しました。

早朝の4時過ぎから作業に打ち込む


【画像】早朝4時から作る「至高の一杯」を見る

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