知られざる和菓子? たい焼きの陰で忘れ去られた「亀焼き」を知っていますか

老若男女問わず愛される和菓子「たい焼き」。そんなたい焼きの源流のひとつと言われる「亀焼き」をご存じでしょうか。その歴史について、法政大学大学院教授の増淵敏之さんが解説します。


大人気の「東京三大たい焼き」

 たい焼きは老若男女問わず愛される和菓子です。2015年に出版された『東京のたい焼き ほぼ百匹手帖』(立東舎)によると、都内にたい焼き店は100店以上あります。

 特に有名なお店は「東京三大たい焼き」と呼ばれる

・浪花家総本店(港区麻布十番)
・柳屋(中央区日本橋人形町)
・わかば(新宿区若葉)

で、いずれも行列のできる名店として有名です。

 たい焼きの発祥は浪花家総本店(1909〈明治42〉年創業)と言われますが、確かではありません。資料を調べると、それ以前にたい焼きが存在したという記述もあります。ただし、同店が老舗中の老舗であることに間違いありません。

 なお柳屋の創業は1916(大正5)年、わかばは1953(昭和28)年で、わかばは演劇評論家・安藤鶴夫(1908~1969年)の「鯛焼きのしっぽにはいつもあんこがありますやうに」を社訓としています。

たい焼きの源流のひとつは「今川焼き」

 たい焼きはいくつもの試行錯誤を経て、現在の形に至りました。

たい焼き(画像:写真AC)

 たい焼きの源流はいったい何でしょうか。早速たどってみましょう。時代は江戸の「今川焼き」までさかのぼります。

 今川焼きは主に小麦粉からなる生地に餡(あん)を入れ、金属製焼き型で焼いたものです。江戸以降、大きい小判型のものが全国へと広がり、

・回転焼き
・御座候(ござそうろう)
・太鼓焼き
・おやき

など、地域ごとにさまざまな名前が生まれました。

 また「文字焼き」からたい焼きに至る流れもあります。文字焼きとは「熱した鉄板に油を引いて、その上に溶いて味をつけた小麦粉を杓子(しゃくし)で落として焼いて食べるもの」(精選版日本国語大辞典より)で、江戸の屋台や駄菓子屋で人気を博しました。現在はその姿を変え、お好み焼きに転化したと言われています。

 このようにたい焼きの発祥は諸説ありますが、近年有力なのは、明治時代に鋳物の金型から生まれたという説です。

鋳物技術の成長で生まれた「亀焼き」


【画像】知られざる和菓子「亀焼き」

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