BOOWYも熱演! 80年代、都庁完成前の西新宿に「伝説の野外ライブ会場」があった

西新宿に高くそびえる東京都庁。そんな都庁が完成する以前、ライブ会場があったのをご存じでしょうか。その背景について、音楽ライターで、ブラック・ミュージック専門誌「bmr」元編集長の小渕晃さんが解説します。

旧都庁舎は東京国際フォーラムの場所

 新宿駅の西口にそびえ立つ東京都庁舎(新宿区西新宿)。243mという高さは、239mのNTTドコモ代々木ビル(渋谷区千駄ヶ谷)、235mの新宿パークタワー(新宿区西新宿)を抑えて、かいわいのナンバーワンを誇ります。また、この巨塔が建つ地を「伝説のライブ会場」として記憶する人も少なくありません。

 まずは都庁舎の歴史を振り返りましょう。

新宿区西新宿にある東京都庁舎(画像:写真AC)



 1943(昭和18)年、東京府と東京市が統合されて東京都が発足。その際、最初の都庁舎として使われたのは、1894(明治27)年に建立された赤れんが2階建ての東京府庁舎でした。しかし、これは第2次世界大戦中に焼失します。

 そこで戦後、赤れんがビルの跡地である千代田区丸ノ内3丁目に建てられたのが、前都庁舎の第1庁舎でした。1957年2月に完成した地上8階建てのこのビルは、現都庁舎と同じく建築家・丹下健三の設計によるもので、その美しさや機能性は高く評価されました。

 ところが、1970年代になると建物の老朽化が早くも顕著になり、第6庁舎まで存在した分散化の解決も必須だったことから、都庁舎の移転が検討され始めます。そして1985年9月、新都庁舎を新宿西口に新設することが決定されました。

 東京のオフィス街の中心、丸の内にあった前都庁舎の移転は、急激な発展を続けていた東京の一等地の有効活用という目的もあり、前都庁舎跡地にはビジネスからエンターテインメントにまで幅広く利用されることになる東京国際フォーラム(千代田区丸の内)が建立されました。

広大な浄水場跡地に建てられた新都庁舎

 都庁舎の移転先が新宿西口に決まった最大の理由は、淀(よど)橋浄水場跡地の存在でした。

 1898(明治31)年から1965(昭和40)年まで運用された「都民の水がめ」の広大な跡地が、現在の新宿新都心で、1971年開業の京王プラザホテルを皮切りに、超高層ビルが次々に建てられます。

1963年頃の新宿区西新宿の様子。淀橋浄水場が見える(画像:国土地理院)



 この大規模再開発事業の目玉が、新都庁舎の移転・新設でした。1988年4月に着工、1990(平成2)年12月に完成、1991年4月から運用が始まった新都庁舎は地上48階建てで、当時は日本一の超高層ビルでした。

ライブを始めたのは甲斐バンド

 ところで、浄水場の廃止~解体から建設が始まった1988年までのおよそ20年間、今の都庁舎が建つ地は更地でした。道路により長方形に区画割りされたそれは、「都有○号地」と呼ばれ管理されていました。

1980年頃の新宿区西新宿の様子。都庁舎が建つ地はまだ更地(画像:国土地理院)

 この「目立っていた、広大な空き地に数年前から目をつけていた」のが、当時人気絶頂だった甲斐バンドのリーダー、甲斐よしひろでした。

 1983年8月7日、甲斐バンドは都有5号地でライブ『THE BIG GIG』を敢行。これが新都庁舎建設地で行われた最初のライブです。観客はおよそ2万2000人、会場外に集まったファンを合わせれば3万人とも言われる集客数は当時、記録的なものでした。

 それまでの野外ライブは球場かリゾート施設を使った例しかなく、ほとんど全てが初めての試みで

「仮設トイレを集めてくるだけでも大変だった」

と、甲斐氏は振り返っています。

ボウイ「伝説のライブ」が開催

 都有○号地では、甲斐バンドに続いて数組がライブを行いますが、多くの人に記憶されるのは1986(昭和61)年の5公演です。

 同年7月31日のレベッカを皮切りに、キャパシティー5~6000人とされる都有3号地に人気上昇中の注目株ばかりが登場。次の日程で特別なステージを披露し、ファンを喜ばせました。

・2日:ウィラード(メジャーデビューライブ)
・4日:ボウイ(BOOWY)
・5日:ストリート・スライダーズ
・6日:米米クラブ

 なかでも、豪雨にもかかわらず決行されたボウイのライブは、後に『ロックステージ in 新宿86』としてNHKでテレビ放映されたこともあり、多くの人に今も語り継がれています。

ボウイ(画像:ユニバーサル ミュージックジャパン)



 44マグナムのメンバーや吉川晃司、山下久美子、大澤誉志幸とゲストも交え盛り上げたステージは、最悪の天候がかえって演奏する側、見る側双方の気持ちに火をつけ、異常なまでの盛り上がりを見せました。

 東京都庁舎はもう高さ日本一ではありませんが、下から見上げると途方もなく巨大です。かつてここで多くの人がライブに熱狂したとは想像もつきません。

 しかし三十数年前のごくわずかな期間だけ、高層ビル群のなかに奇跡的に存在した野外ライブ・ステージの記憶は、多くの音楽ファンの心に今なおとどまっているのです。

【画像】今もカッコいい! BOOWY「氷室京介」現在の姿

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