安易な地方移住に喝! 地域の伝統文化を「面白い」と思えない人は東京で暮らしたほうがいい【連載】現実主義者の東京脱出論(3)

新型コロナウイルスの感染拡大で、今まで以上に注目を浴びる「東京脱出」「地方移住」。そんな世の中のトレンドに対して、一年の半分近く全国各地を巡る地方系ライターの碓井益男さんが警鐘を鳴らします。


移住者記事への違和感

 上京して東京で暮らす人にとっていまさらですが、全国には各地域内だけで通用する「暗黙の了解」「ローカルルール」が数多く存在しています。

 筆者は以前インターネットで、ある移住失敗談を読んでとてもがっかりしました。それは、東京から長野県のある地域へ移住したものの、失敗に気づき、別の地域へ再移住した人の話でした。

 一度失敗したこともあってか、ひとつ目の移住先を少しネガティブに書いていたのですが、そこにあった「この土地には住めないエピソード」のひとつが気に掛かりました。

 その地域では毎年お正月になると近くの人たちが集まり、日の丸を掲げて新年を祝って万歳三唱をするのが習慣だというのです。この記事の書き手は、その習慣を旧態依然とした嫌なものだと感じたようですが、筆者は「なんて面白そうな行事があるのだろうか」と真逆のことを感じました。

地域の伝統文化・風習に興味を持てるか

 斜に構えてこんなことを言っているのではありません。単にワクワクしたのです。職業的な性格ももちろんありますが、もし筆者がこの地域に移住したら、習慣の由緒について住民から根掘り葉掘り聞き出していたことでしょう。

 なぜこんな習慣が今でも続いているのか――。自分にとって、良い/悪い、愉快/不愉快といった感情的な物差しで対象を測るのではなく、なぜ続いてるのか、という歴史(ファクト)に基づいた視点と言えばいいのでしょうか。

地域の伝統文化・風習のイメージ(画像:写真AC)



 前述の記事が教えてくれるのは、独特の伝統文化・風習に興味を持ったり、楽しめたりできない人は、地方移住は憧れにとどめて、東京で暮らしたほうが幸せだということです。

 祭りが代表的ですが、地域の住民になったら参加しなければならない行事が存在します。もちろん時代の変化はあるものの、まだまだそんな地域は少なくありません。

「祭りに興味なし」は通用せず

 同じ長野県で言えば、南信地方の諏訪では7年に一度、4月初めから6月半ばにかけて御柱祭(おんばしらまつり)という諏訪神社の大祭が行われます。諏訪大社の四方に建てられる御柱と呼ばれる巨木を山から運び出して練り歩き、建てる――ときにはけが人や死者が出る勇壮な祭りとして有名です。なお、諏訪大社を構成する上社と下社のお祭りは担当する地域が固定されています。

 ここまではよく知られているのですが、肝心なのは御柱祭が終わった後です。

 同じ年の秋には諏訪湖周辺に広がる地域の各神社で、同様の祭りが行われます。諏訪湖周辺の神社を歩いてみると一目瞭然ですが、どの神社にも御柱が立っています。路傍の祠(ほこら)も例外なく御柱が立ち、祭りの年に新しいものに変えられます。風光明媚(めいび)な風景は、地方への移住を考える人を引きつけると言って間違いありません。

 しかし、地方に移住するということはその地域に根付いた信仰、またはそれに基づく行事と隣り合わせになることです。「祭りには興味がない」「わが家は無宗教」なんてことを言ったら、自らアウェーに突き進んでいるようなものです。

諏訪湖(画像:写真AC)



 東京23区でも歴史の古いエリアに住むと、町内会の勧誘とともに「おみこしを担ぎませんか」という誘いを受けることがありますが、それとはレベルが全く異なります。

 東京では「ここは仮の住まい」という意識で暮らしていても、地域住民との関係性が希薄でも何ら問題ありません。しかし地方ではそうではないのです。繰り返しになりますが、独特の伝統文化・風習を自ら好きになったり、楽しんだり、同じ色に染まったりしようとすること(例えそれがうまくいかなくても)は欠かせません。

伝統文化・風習と向き合う気概

 一方、独特の伝統文化・風習というのはハードな一面も持っています。地域よりさらに狭いエリアやコミュニティーのなかでだけ培われてきたものも存在するからです。

 熊本県内の伝統ある某高校は、独特のバンカラ伝統を持つことで知られています。新入生全員が応援団に校歌を歌わされるなどなど、上級生による「シメ」と呼ばれる伝統が根付いています。

応援団の学ランイメージ(画像:写真AC)

 数年前には「シメ」が原因で退学を余儀なくされた元生徒が県を訴えて注目されました。これを「まるで軍隊」「戦前か」と批判する声もありますが、大半の生徒はもともとそうした伝統のある気風であることを承知しているため、あまり問題になりません。

 筆者は以前、在学中の生徒の話を聞いたこともありますが「シメと言われても殴られるわけじゃないですし」と、高校の伝統を当たり前のものとして受け止めていました。

東京人の目線を捨てられるか

 地域の伝統文化・風習(特に信仰)と学校のローカルな伝統は、地方へ移住した人が一度は必ず直面する問題です。それを「ここはそういうルールなんだ」と受け入れられない人は移住には向きません。

 地方の心地よい部分だけ(しかも、それは大抵の場合「自分・自分の家族にとってのみ心地よい」という感情に置き換えられます)を享受したいと思うなら、東京に住み続けましょう。わざわざ移住する必要はありません。年に1~2回、気が向いたときに訪れるくらいの距離感にしておくのがちょうどよいのです。その程度でも、東京に疲れたとき「自分には逃避する場があるのだ」と思えば気分は楽になるはず。

地方のイメージ(画像:写真AC)



 最後にもう一度、念を押します。

 地方には自分たち(移住希望者)よりも先に住んでいる人たちが大勢います。そして、その人たちが長きにわたって作り上げてきた伝統文化・風習があります。それらに対し、全面賛成とは言わずとも、ある程度の敬意を持たない限りは地方移住は成り立ちません。

 またそれらは一見、倫理的ではなく、非合理的で、また過度に集団的に見えるかもしれません。そういった批判ももちろん一理あり、改善すべき点は多々あるでしょう。しかしひとつ言えることがあります。それらの批判は結局のところ、東京、もしくは東京人の目線に過ぎないのです。


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