通説「年収1000万円でもジリ貧」のウソ 東京23区で家賃4.5万円夫婦が実践する清貧ハッピー生活とは

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通説「年収1000万円でもジリ貧」のウソ 東京23区で家賃4.5万円夫婦が実践する清貧ハッピー生活とは

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いしいまき

漫画家、イラストレーター

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「年収が1000万円あっても余裕がない」といった記事がネット上には散見されます。果たして本当に生活は苦しいのか? 一体いくらあれば東京で幸せに暮らせるのか?

妻ひとり分の支出は月「7万円」

 東京で暮らすには1か月いくらあれば足りるのか? いくらあれば幸せな生活が手に入るのか――? しばしば議論になる話題です。ネット上では、「年収1000万円でも足りない」「生活が苦しい」といった記事も見かけます。しかし、本当にそうなのでしょうか。

 東京23区内で、家賃4万5000円の物件に夫婦ふたり暮らし(2K、風呂トイレあり、築50年以上)。夫婦別財布で筆者(いしいまき、漫画家)ひとり分の月の生活費は7万円前後です。

 内訳は、

家賃:2万5000円
食費・日用品費・おこづかい:2万円
水光熱費:1万2000円(真冬の一番高い時期)
通信費:6000円
共済費:4000円
その他:3000円
 ※税金、経費、特別費は、月々の生活費とは別に予算をとっています。

 何を隠そう、今が人生で一番つつましやかな暮らし。しかし、一番幸せを感じている、というのが実際のところです。

上京への不安、一番は生活費

 数年前、ある1冊の本との出合いがありました。当時35歳、漫画家としてデビューはしていましたが、まだ地元の鹿児島に住んでいました。

東京で暮らすには月いくら必要か? 家計簿を付けることで見えてきたこととは(画像:いしいまきさん制作)



 地方出身者にとって、上京に関する最大のネックはやはりお金です。特に漫画家のような自由業・フリーランスの場合、会社勤務の人よりもその悩みは切実。より多くの仕事を獲得すべく上京したいと思っても、年齢や東京への上京資金、生活費と考えるとなかなか行動に移せずにいました。

 何しろ「東京はものすごくお金がかかるところ」と思っていました。そんななか出合ったのが『年収90万円で東京ハッピーライフ』(太田出版、大原扁理さん)でした。

 同著には「イヤなことで死なない」を信条に年収90万円(ひと月約7万円)で東京郊外でひっそりと“隠居生活”を送っている様子がつづられていました。倹約生活でも、伸びやかに軽やかに――。

「東京でも年収90万円あれば暮らしていけるのか!」。衝撃とともに、清貧の暮らしへの憧れが上京の後押しとなりました。

 しかし、それだけで上京してもなかなかうまくはいきません。今考えれば当たり前です。目指すべき「自分の幸せ」が何か、定まっていなかったのですから。

 筆者の場合、漫画を描くために上京したのに「本当にこの東京で漫画で食べていけるのか?」と不安になり、すべてを漫画に賭けることができない。お金のことが不安で不安で、結局、生活費のためにアルバイトをしてそのせいで疲弊する。

 同業者や友達と自分を比べては落ち込む日々……。「自分以外みんな幸せなんじゃないか病」が発症します。

結婚 = 幸せ、ではない

 先ほどの著書を見習って日々節約しているつもりでも、ストレスで身の丈に合わない外食をしたり服を買ったり、気づけば散財してしまいます。“清貧”の表面をなぞっているだけで、実態はほど遠い生活でした。あわよくば「誰かに養ってもらいたい」という下心で婚活までしてみたことも……。

 このような“空回り”は、夢を描いて上京してきた地方出身者が誰しも体験するものなのかもしれません。

 しかし、そこまでいくと落ち込み過ぎてる自分が馬鹿馬鹿しくなって腹が立ってくるもの。

「なんでこんな気持ちで日々を過ごさなきゃいけないんだ!」
「もう一度しっかり漫画をがんばろう!」
「結婚は精神的にも経済的にも自立してからだ!」

 そう思うと不思議と肩の力が抜け、仕事に向き合うことができました。書籍の出版にこぎつけ、なんとか漫画で食べていける日々が続きました。

 自然体で過ごしていたのが良かったのか、ひょんなことでいい出会いに恵まれ、結婚することができました。夫が倹約家なところも清貧に憧れがあった私には好ましく思えました。その頃は夫の作った料理を食べたり、公園でおしゃべりしたりするだけのデートでも十分楽しかったのです。

「結局、結婚できたから今幸せを感じられているんでしょう」。そう思う人もいるかもしれません。しかし、ただ結婚したからといってそれでハッピーエンドといかないことは、既婚者の皆さんがよくご存じのことです。実際、むしろ結婚してからしばらくは不穏な空気になることが多かったのです。

 折しも新型コロナの感染が深刻化し、筆者の仕事がなくなりました。再び鬱々(うつうつ)とした気分が襲ってきて寝込んでしまうこともありました。夫も低収入の自営業なので頼れない……。

「ひとり身のときの方が相手に期待しない分、精神的によかった」。そう思い、夫に八つ当たりしてしまうこともありました。

お金さえあれば幸せなのか?

 再びアルバイトをすることにしました。近所の文具店で1日3時間だけ。これなら漫画の仕事にも影響が出にくい。そのバイト先は人間関係がとてもよく、不安を感じていた心も少しずつ癒されていきました。

 なにより定期収入があることはメンタルを安定させます。夫との仲も徐々に良くなっていきました。

 そんなとき何気なく目にとまったとあるYouTube動画を視聴しました。コロナ禍で仕事を失った女性が仕事を探し、アルバイトをして夢のために貯金をする動画です。つつましく生活しコツコツと貯金する姿に胸を打たれ、無事に目標の50万円を貯めたときには感動で思わず涙が出てしまったほど。

 彼女の真似をして家計簿をつけるようになり、無計画に使ってきたお金をリアルな数字で知り、ショックを受けました。夫に八つ当たりしてた自分が恥ずかしくなりました。でもここで自分の「不安の元」を知ることができたのがよかったと思います。

 ある日、夫が半額で買ったお刺身で鰤(ブリ)丼を作ってくれたときのこと。それをふたりで仲良く食べているとき、ふいに「これだ! 私の求めていた幸せってこれだったんだ!」とビビッと来たのです。この幸せを守る目的なら節約ができるのではないか? と思ったのです。

お金にとらわれ過ぎず、自分にとっての幸せを見つけることが大切(画像:いしいまきさん制作)



 今はこの幸せを守るために節約暮らしをしています。無理に働き過ぎない。お金を目的にしない。自分にとっての大切なものを見極める。そしてそれを維持するために、無駄なものは省く――。

 声を大きくして言いたいのは、決して貧乏を礼賛したいわけではないということ。言わずもがな、幸せは人それぞれ。東京での暮らしの中でそのことに気づくためには、誰しも大なり小なり試行錯誤が必要なのかもしれません。

東京に出てきたメリット

 幸せがはっきりしたら不思議とそれを守ること以外のものを切り捨てるのが苦ではなくなったのです。あれだけ苦手だった予算の管理ができるようになり、貯金もできるようになりました。家計簿を付けるのが楽しく感じるときもあるくらいです。

 先述した著書を久しぶりに開くと、ひとつひとつの文章に前よりも共感することができました。ただそこに至るまで、つまり自分自身が本当に求めているものに気づくというのは、想像するより難しい。

 世間体や一般常識といったものは、思った以上に分厚く覆いかぶさって本音を隠してしまうのでしょう。

 2021年5月現在、コロナ禍で外出が難しいこともあり、東京に住んでいる恩恵を受けづらい状況といえます。しかしこの間に繰り返し言われた「不要不急」という言葉が、自分にとって本当に大切なものは何かを見極める手掛かりになったという人も少なくないかもしれません。

 東京で幸せに暮らすには、年収1000万円でも足りないのか? 筆者が考える回答は明確に「否(いな)」です。お金を多く手にすることがそのまま幸せには結び付かない。

 ただし、東京に出てきてよかったと感じることはたくさんあります。

 東京での生活は上京者にいろいろなことを教えてくれます。家族構成や年齢、職業、考え方や何が幸せかというのは本当に人それぞれ。他人と同じ物差しで測るより、自分がどう感じるかを大事にすると本当の幸せに気づく近道になるかもしれません。

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