今や予約は1年待ち 常識破りの「赤ちゃん顏人形」で業界を問う、元出版マン社長の苦悩と希望

人形問屋が軒を連ねる台東区・浅草橋。このエリアから南へ1kmほど行ったところに一風変わった人形店があります。商い未来研究所代表で、小売流通専門誌「商業界」元編集長の笹井清範さんが解説します。


父親の急逝で店を継ぐも……

 東京で「人形の街」と言えば台東区浅草橋。この地に人形市が開かれたのは江戸時代の中頃です。今でも浅草橋にはおよそ25軒の人形問屋が軒を連ねますが、そこから南へ1kmほど行くと、少し変わった人形店があります。

「両親から贈られたけど、気に入らないからキャンセルしたい」

 こんな電話をかけてきたのは、小さなお子さんを持つ母親でした。キャンセルの対象は、祖父母から愛する孫へのプレゼント。同じような電話を何本も受け、その人は将来に危機感を覚えました。その人とは、節句人形製造販売業「ふらここ」(中央区東日本橋)の代表取締役・原英洋(ひでひろ)さん。家業の人形店で働いているときのことでした。

人形工房「ふらここ」代表の原英洋さん。人形の愛らしさに加え、親の思いや願いをどのように人形に表現していくかを常に大切に考えながら、職人と社員と共に人形づくりに励んでいる(画像:笹井清範)



 祖父は人形業界初の無形文化財で、母もその技術を受け継ぐ伝統的な人形師。そんな家系の長男として生まれたものの、原さん自身は家業を継ぐ気はなく、大学卒業後は出版社に入社。ところが、1年もしないうちに父が急逝したため、やむなく23歳で家業に入り、店頭での販売に携わりました。その過程で「顧客ニーズが変わってきたことを肌で実感していた」と振り返ります。

 桃の節句(3月3日)と端午の節句(5月5日)は子の成長を願い、家族の絆を深める機会として、古くから親しまれる日本の伝統的な季節行事であり文化です。しかし、その市場は衰退を続け、典型的な構造不況に陥っています。

 団塊の世代が生まれた時代には270万人あった出生数が、いまやおよそ86万人と3分の1以下。少子高齢化、人口減少が進む日本で、今後この傾向が旧に復する見込みはほとんどありません。絶対数の減少ばかりでなく、節句人形を購入する割合も出生数の3分の1にまで落ち込んでいます。

「消費者への迎合ではなく、ニーズに応える」

 問題の根源には「伝統の呪縛」があると原さんは言います。7段飾りのひな人形に象徴されるように、節句人形を飾るには広いスペースが必要です。しかし従来の商品は、マンション住まいの核家族夫婦の家には大きすぎるサイズなのです。

 人形の顔はうりざね顔をもって良しとされ、そうしたものをつくれるのが腕の立つ職人とされてきました。しかし、そのデザインは今の子育て世代の好みにはほど遠いものです。

 大きさとデザイン、このふたつが顧客ニーズからかけ離れてしまっています。だから、いくら親からの贈り物でも「気に入らないからキャンセル」となるのでしょう。

 こうした需要減少の結果、さらには製造と販売が完全に分離した業界構造ゆえに、値引き販売競争が横行しました。価格は下がり続け、そのしわ寄せはつくり手である職人に及び、日本の伝統文化は危機的な状況にあります。

人形職人から受けとった人形を細やかに点検し、大切なわが子を送りだす気持ちで丁寧に仕上げる(画像:笹井清範)



 複雑な構造を持つことも、変化への対応を邪魔しました。節句人形業界は、人形の各パーツをつくる職人、組み立てる職人、それらを差配する卸、そして販売店という分業多層的な構造から成り立っています。顧客ニーズがつくり手に届きにくい構造なのです。

 毎年開かれる新作展示会で、販売業者が各パーツを買いつけ、組み合わせて商品にして販売します。それゆえ、消費者が「どの店も同じような人形」という印象を持つのです。結果、その選択基準は値段にならざるを得ません。

 そこで原さんは、消費者のニーズに沿うようなコンパクトな人形の企画を考案、「小さい人形は安物」というイメージが強いところを、「それならば“小さな高級品”をつくればいい」と周囲を説得して商品化に踏み切りました。その取り組みは徐々に軌道に乗り、全販売数の7割を占めるまでになりました。

 そこで次に、赤ちゃん顔の人形づくりを提案。けれども「品がない」と社内で強く反対され、ある職人からは「お客さまに迎合するのですか?」と言われたのを、原さんは今もはっきりと覚えているそうです。

「私は『迎合ではなく、お客さまのニーズに応えるためです』と答えたのですが、まったく聞き入れてもらえませんでした」

伝統を創造的に破壊、商品「1年待ち」の人気に

 原さんはこうした業界の呪縛から自由になろうと、すでに経営を共に担っていた妹夫婦に家業を託して2008(平成20)年に独立、45歳で「ふらここ」を創業しました。社名の由来は、奈良時代から和歌に使われる春の季語で、ぶらんこという意味です。

「社名をひと目で見たり聞いたりした瞬間に、他社との違いを感じていただけるようにしたかった。有名な人形店などは代々続く人形師の名前を押し出して伝統をアピールしています。それに対して私たちは、今のニーズに合わせた人形を提供していることを表現するために、少しでもソフトな社名にしようと考えました」

と、ネーミングの理由を語ります。

 社名に込めた思いどおり、原さんは顧客ニーズに耳を澄ませ、

・45cm立方体に収まるコンパクトな商品開発
・うりざね顔ではなく赤ちゃん顔のかわいらしいデザイン
・インターネットによる販売
・製販一体のビジネスモデル
・職人を大切にする経営

と、伝統を創造的に破壊していきます。結果、値引きとは一切無縁で、予約は1年待ちという人気です。

 商品の特徴は、ひと目見たら忘れられないかわいらしさにあります。「こんな子に育ってほしい」という願いをお人形に重ねてもらうべく、ひな人形・五月人形合わせて33種類の個性輝く表情がそろえられています。

「お子さまにぴったりのかわいいいお顔を見つけてください。幸せの願いを込めて、あたたかい親心でわが子を包み、一緒に飾り一緒にめでてほしいですね」

と原さんは呼びかけます。

軽くてコンパクトだから、小さな子のいる母親でもひとりで簡単に飾り付けができるシンプル設計(画像:笹井清範)



 なぜ、ふらここは衰退市場にあって業績を伸ばし続けるのでしょうか。それは原さんが、節句人形を買う「3分の1」のマーケットを狙って価格競争を仕掛けたのでははく、節句人形を買わない「3分の2」のマーケットの“買わない理由”を解決し、新たな価値を創造していったからにほかなりません。

 どんな仕事も人間関係も、不便、不満、不足、不利、不快といった「不」の解消がポイントです。あなたの周りにも、見落としている「不」はありませんか。それを解消すれば、きっといいことがあるでしょう。


【地図】「ふらここ」の場所

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2021/02/210211_ningyo_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/02/210211_ningyo_05-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/02/210211_ningyo_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/02/210211_ningyo_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/02/210211_ningyo_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/02/210211_ningyo_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/02/210211_ningyo_03-150x150.jpg

おすすめ

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画