隅田川近くの「洗濯機カフェ」に老若男女がこぞって集まるワケ

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隅田川近くの「洗濯機カフェ」に老若男女がこぞって集まるワケ

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アーバンライフトーキョー編集部

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墨田区千歳にある「喫茶ランドリー」。洗濯機や乾燥機、さらにはミシンとアイロンまで備えているという、一風変わったカフェです。ここには子どもや主婦、サラリーマン、お年寄りまで、地域の人々がなぜかこぞってやってくるといいます。

ホットティーを1杯、洗濯機の音を聞きながら

 東京で近頃、カフェが併設されたコインランドリーをちらほら見かけるようになりました。洗濯している待ち時間にお茶を飲んでゆっくりできるように、というのがそもそものコンセプトですが、墨田区千歳の「喫茶ランドリー」は、どうやらそれだけではないよう。洗濯機と乾燥機はもちろんアイロンやミシンまで備えていて、店内には宿題にいそしむ小学生や、同僚と勉強会を開く会社員の姿も……。一体どういうことなのでしょう。

喫茶店なのか、ランドリーなのか。なぜここに地域の人は集まるのか(2019年11月26日、遠藤綾乃撮影)



 都営新宿線・大江戸線の森下駅から徒歩5分。近くに隅田川が流れる飲食店もまばらな住宅エリアの一角に、「喫茶ランドリー」はあります。年季の入った3階建てビルの1階です。

 訪ねたのは2019年11月26日(火)。平日昼下がりの店内を見渡すと、パソコンを広げて作業に没頭する男女のペア、おしゃべりを楽しむ女性のグループ、仕事の打ち合わせらしき男性ふたり組、温かい飲み物を飲む幼稚園児たちとその母親。お客さんの顔ぶれも、さまざまです。

 店内の正面奥にはガラス戸で仕切られた小上がりのスペースがあり、大型の洗濯機と乾燥機が3台ずつ、「ウォンウォン」と低い音を立てながら回っています。そして洗濯機の前に置かれた作業台では、教科書とノートをめいっぱい広げてせっせと宿題にいそしむ小学生たち。

 カフェに洗濯機と小学生と宿題? 何とも不思議な組み合わせです。

建物の1階という、地域交流を生み出す磁場

 このカフェを運営するのは、建物の1階に特化したコンサルタント業務を請け負うグランドレベル(墨田区千歳。田中元子代表)。

「建物の1階をつくることは街をつくることでもある、というのが私たちの考えです」

同社ディレクター兼リサーチャーの大西正紀さんは、そう語ります。

「建物の1階が駐車場やエントランスロビーばかりでは、街が寂しくなってしまうでしょう。ここの改装の依頼をいただいたとき、どのような1階が街にとって望ましいのかをあらためて模索していました。そうするなかで、『子どももお年寄りも立ち寄れる場所がいい』と考えたのが、このカフェをつくるきっかけでした」

半地下のソファ席もある店内。いろいろな人が訪れては、コーヒーを飲んだりおしゃべりをしたり洗濯をしたりしていく(2019年11月26日、遠藤綾乃撮影)

「誰でも立ち寄れる場所」として一般的なカフェ機能だけではなく家事スペースまでしつらえたのは、「訪れる目的は多い方がいい」と考えたから。いろんな人にとって立ち寄る理由があれば、普段は顔を合わさない住民同士の交流が生まれることに期待したからだといいます。

 改装に向けて話を詰めていくなかで、カフェの運営もまた同社が担うことになったそうです。

カフェ、ランドリー、その機能を超えて

 大西さんたちが気を配るのは、誰でも立ち寄れる場所にするだけでなく「この場所を自由に使ってください」と地域に向けてオープンにすること。そうすることで開店以来、思いもよらない交流が芽生えてきたといいます。

 開店間もない頃、「店内のスペース借りていいですか?」と集まってきた近所の女性たち数人が、おもむろにパン作りを始めたことがあったそうです。さらに焼き上がったパンを女性たちは、店内でコーヒーを飲む客たちに景気よく振る舞いました。それまで話をしたこともない住民同士の間に会話が生まれた瞬間でした。

「家事室」と名付けられた小上がりのランドリースペースでは、幼稚園・保育園に上がる子どもを持つ母親たちが上履き袋や小物袋を縫うために備え付けのミシンを囲み、その隣では家族の洗濯物を抱えてやってきた別の女性が、広々とした作業台の上でアイロンがけ。「家でやるより気持ちいいわー」と、ピンとしわの伸びた服を抱えて帰って行ったそうです。

 記者が取材に訪れた日、小学生たちが家事室に集まって勉強に励んでいたのも、学習塾に勤める常連客の女性が「子どもの勉強を見てあげる会を開きたい」と提案した企画。

稼働中の洗濯機の前で勉強にいそしむ小学生たち。「先生役」を務めるのはこのお店の常連の女性(2019年11月26日、遠藤綾乃撮影)



「カフェ」や「ランドリー」といった機能を超えて、地域に交流をもたらす仕組みがここでは回り始めているようです。

静かにつながりたい人にも、居心地のいい場所

 わいわいと賑わう空間は一方で、その賑わいが醸成されればされるほど後から来る人にとって踏み込みづらい場所にもなってしまう半面もはらんでいます。

 そのため大西さんたちが心がけるのは、「いつも決まって同じ“属性”の人たちがいる状況をつくらない」ことだそう。

 ある日の午後には小学生が宿題をする集まりが開かれて、またある夜は背広姿のサラリーマンたちが仕事のための勉強会を開催。別の昼には年配のご婦人ふたりが趣味の編み物に興じていき、また別の日になれば、店内にいるお客さんが全員ひとりで静かにお茶を楽しんでいる。

 ベビーカーに乗った赤ちゃんも、杖を突いたお年寄りもひとつのカフェに居合わせくつろぐことで、さながら「まちの縮図」がそこに立ち現れます。

店内にはアクセサリーや小物の販売コーナーも。どれも、地域の人が制作したもの(2019年11月26日、遠藤綾乃撮影)

「そういう役割を担う『1階』が増えていくことは、誰かにとっての居場所ができること、また街のなかでの関係が豊かになることにつながります。受け皿となる場所ができることによって、誰かの何気ないアイデアが形になり、別の誰かの助けになることだって起こり得ます。その『場所』の役割を担うのは、もちろんカフェでなくても、居酒屋でもクリーニング店でもコンビニでもいいのです」(大西さん)。

 2018年1月の開店から間もなく2年。少子高齢化や人口減少が進み、社会や地域のネットワークをいかに構築していくかが課題とされる今、解決に向けたひとつのヒントが「喫茶ランドリー」にありました。

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