ベストな「雇用関係」ってなんだろう? 多様化する働き方、転職エージェントと考える
隣の芝生を「体験できる」サービス 平成の31年間で、働き方は大きく変わりました。パラレルワークなど、1社に留まらない就業スタイルや、リモートワークなど、場所に依らない働き方が広がりを見せ、転職の敷居も低くなっています。 でも、だからこそ、「自分はこの先もずっと、この会社にいて良いのだろうか」と感じたり、「他にも選択肢があるのではないだろうか」と悩んでしまう人もいるのではないでしょうか。 「TonashibaAgent(トナシバエージェント)」を運営する、ダイヤモンドメディアの代表取締役 武井さん(2019年4月17日、高橋亜矢子撮影)「隣の芝生は青い」という言葉がありますが、「隣の芝生(他の会社)を見てみたい」と考えた時、実際に足を踏み入れ、業務を「体験する」ことが出来るとしたら――。 そんな思いを可能にするエージェントサービスがありました。ダイヤモンドメディア(港区南青山)が運営する、その名も「TonashibaAgent(トナシバエージェント)」。同サービスでは、例えば、今の会社を辞めずに、別の会社へ一定期間お試しで勤めてみたり、副業先を探したりできるほか、複数の会社に同時でお試し就職することも可能といいます。 その根底にあるのは「個人と仕事と会社の新しい関係性を支援する」という考え方。企業と企業の垣根をなくし、働く人と組織の関係性を新しくしたいといいます。 より具体的に話を聞こうと、取材したい旨を伝えたところ、「週に1度、定例ミーティングをしているのですが、その場にいらっしゃいませんか?」との回答が。 定例ミーティングは「語らい」と呼ばれ、同社の入り口近くにある、直径2メートルほどの円卓を数人で囲いながら行われていました。特徴的なのは、雑談と「ゲスト」を歓迎していること。この日は、運営メンバー6人のほか、取り組みに興味を持って訪れたという、パラレルワーカーのゲストが2人。 円卓の真ん中には、スナック菓子が数種類あり、それらが醸し出す和やかな空気感が、アイスブレイク(初対面の人同士が出会う時、その緊張をときほぐすための手法)の機能を果たしているかのようでした。 「Tonashiba」の原型は7年前、独自の経営方針のなかで誕生「Tonashiba」の原型は7年前、独自の経営方針のなかで誕生 ダイヤモンドメディアは、2007年に創業以来、既存の経営方法に依らない組織のあり方を実践している不動産テック企業です。実践の一例を見ると、「役職、肩書は廃止」「働く時間、場所、休みは自分で決める」「起業、副業を推奨」「社長、役員は選挙と話し合いで決める」など。給与も決める際も、評価ではなく、話し合いのもとで決定しているといいます。 取材した日に行われていた「語らい(定例ミーティング)」の様子(2019年4月17日、高橋亜矢子撮影)「Tonashiba(トナシバ)」の原型が生まれたのは、約7年前。給料を話し合う際に、「この人は、うちで働き続けるより、転職した方が給料が上がるのでは」という話が浮上し、「転職した方が給料が上がるであろう従業員たちの転職先を皆で探す」ことを始めたといいます。 まず、お試しで業務を体験することを受け入れてくれる会社を探し、もし上手くいかなかった場合には、戻ってくるのもアリとしながら、送り出していたとのこと。そのうちに、他社から「うちの会社も、やってみたい」という問い合わせを受けるようになり、人材紹介の免許を取得することを決意。2018年1月、事業化するに至ったといいます。 「『仲間』の定義は雇用関係じゃない。『あなたはダイヤモンドメディアのメンバーですか?』と聞いた時に、手を挙げた人がメンバーです。フリーで働きながら、うちと業務委託している人が社員旅行に来たりします」と話すのは代表取締役の武井浩三さん。 似たような感覚を持っている企業とお互いに融通を利かせあいながら、この思想をゆるく広げていけたら、と考えているそうです。 企業が個人の可能性を縛らない とはいえども、そのほかの働き方を否定したいわけではなく、「選択肢があることが重要」と武井さんは話します。 「一箇所で集中して仕事をしたいと思う人もいれば、色々試してみたいという人もいるでしょう。タイミングによっても、状況は変わってくるものです。それは、人それぞれ異なるもの。ただ、企業が『雇用』で人を縛るのは、企業側の理屈です」(武井さん) そこに「Tonashiba」の立ち上げや運営に携わっている、松井健太郎さんが続けます。松井さんは、同社とは業務委託関係を結ぶ個人事業主です。 「本人の目指しているものと、会社の目指しているものが、入社当時には合っていたとしても、時間とともに合わなくなることもあります。それを、無理矢理に合わせるより、別の合う場所を見つける方が良いですし、それをお互いに言えた方が良いと考えています。その方が、辞めた後にも、お互いに気持ちが良いはず」(松井さん) 「辞めさせたいわけじゃないんですけどね。でも、無理やり働いても、生産性は上がらないですし、モチベーションが下がったまま仕事をすることは、クオリティーに影響します。でも、強制はできません。できないものはしない。そのかわり、本人が1番本人らしく働ける環境を作りたいと考えています」(武井さん) 転職活動をオープンなものにしたい転職活動をオープンなものにしたい「Tonashiba」では、転職活動自体をもっとオープンにできないだろうかとも、考えているといいます。たしかに、活動の際に「私用があるので早引きします」とどうにか会社を抜け、コインロッカーに入れておいたリクルートスーツに駅のトイレで着替え、面接に向かう……というように、コソコソせざるを得ない人も多いことでしょう。 ロッカーにリクルートスーツを隠していた人、いるのでは(画像:写真AC) 加えて、転職先が決定した後にも、「ちょっと待ってくれ」と引き止めにあったり、周囲の人たちが「引き継ぎどうしよう」とバタバタしたり。 「それって誰もハッピーじゃないですよね。そのプロセスの全部が、オープンでいいんじゃないかと思っています」(武井さん) ですが、前例のないことを寛容に受け入れる会社や、人材を外に出しても良いと考える会社は多くはないのが現状。 「(社員を)囲い込みたい会社は多いです。そこを説得するのは難しいので、まずは、トライアルという形で、週に1日とか2日で業務委託契約してみることをあっせんしています。『社外留学』のようなことを行ったり、複数社の新卒や入社1年目の社員を集め、会社の垣根を越えた『同期』をつくるなどの活動もしています」(武井さん) 体験してみて、何かを感じ取ることができれば そんな「TonashibaAgent(トナシバエージェント)」は申し込みを行った場合、まずは1対1で面談。その人が何ができる人なのか、どんなことをしたいのか、じっくり話をしたうえで、マッチしそうな場所を探すといいます。「カジュアルに話をするところから始めましょう」とのこと。 お試しで就業してみた結果、本格的に転職するのもよし、合わなくて戻るのも、「あー俺、まだまだだ」と思うのも、体験することでしか知り得ない気づきに触れることが、企業にとっても、個人にとっても本質的な価値になると考えているそうです。 青く見える、隣の芝生を眺め続けるのではなく、自らの足で踏みしめ、至近距離で確かめる時代が到来しているのかもしれません。
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