コロナ禍で激変したライフスタイル
私たちの暮らしや働き方にさまざまな変化をもたらした、2020年の新型コロナ禍。
例えば、「3密」回避のために政府が推奨した時差通勤や在宅勤務(テレワーク)。これにより、東京を始め大都市圏で当たり前だった朝晩の満員電車はかなり緩和されました。
デスクワーク中心の会社員にとって、毎日の出勤は必ずしも業務に必須ではないということを、今回身をもって知った人も少なからずいるでしょう。コロナがもたらした変革は、こうした外形的なものだけにとどまりません。
緊急事態宣言(東京は2020年4月7日~5月25日)以降しきりに言われた「不要不急」の自粛期間は、何が不要で何が必要かをそれぞれがあらためて考え、可能な範囲で自分の生活をより心地良いものにしようとする態度を人々に醸成する契機になったと言えそうです。
これまでの当たり前を見直すことになった一例として今回挙げたいのが成人、とりわけ社会人にとって日常の1コマだった「飲み会」や「飲酒」への向き合い方です。
「飲み会なくなってホッとした」の声
忘年会や新年会、歓送迎会など職場の会合には、その場にいるほぼ全員が「取りあえずビール」と足並みをそろえて同じものを注文するなど、長らく培われてきた独特の文化がありました。
しかし、コロナ禍で多くの開催が見合わされた今、
「(従来型の)飲み会の場が苦手だったからちょっとホッとしてる」
「体質に合わないのに無理して強いお酒を飲むのはつらかった」
「お酒はやっぱり自分の好きなように飲むのが一番」
といった声もしばしば聞かれます。
ニューノーマルな暮らし方が人々の意識下で浸透しつつあるなか、酒類メーカー大手のアサヒビール(墨田区吾妻橋)は2020年12月10日(木)、飲み方の多様性を広げる新たな考え方として「スマートドリンキング」宣言を発表しました。
「お酒を飲む人・飲まない人、飲める人・飲まない人、飲みたいとき・飲めないとき、あえて飲まないときなど、さまざまな状況や場面で“飲み方”の選択肢を拡大し、多様性を受容できる社会を実現する」と掲げる今回の宣言。
その狙いや意図を尋ねると、アルコール業界が目指す今後の展望が見えてきました。
これまでの商品は「だいぶ偏っていた」
同社マーケティング本部・新価値創造推進部の梶浦瑞穂部長によると、宣言を発表した理由は大きく四つ。
2010年に世界保健機関(WHO)が採択した「世界戦略」や2015年策定の国連「SDGs(持続可能な開発目標)」など、アルコールと健康をめぐる国際的な機運の高まりを背景に、同社がこれまで掲げてきた“責任ある飲酒”推進の一環であることがひとつ。
一方、多様化が進む国内消費者のニーズに応えるという側面がひとつ。
同社は「お酒を飲む人・飲める人、好んで飲む方々を顧客として捉えてきた」(梶浦部長)と言います。
「そうした意味で言うと、これまでお客さまへの提案(商品展開)がだいぶ偏っていたのかもしれません。世間には、あまり飲めない人や今日は飲まない人などさまざまなスタンスの人がいて、そうした方々にもあらためて商品を提案していかなくてはと考えています」
さらには、コロナ禍でのライフスタイルの変化に合わせ、大勢で集まりワイワイ飲むだけではなく自宅でひとりのときに軽く飲みたい、ちょっとだけ酔いたい、といったシーンへの対応も視野に入れます。
加えて、日本国内でも徐々に増えつつあるソバーキュリアス(健康などのためにあえて飲まない人)に向けて「酒類メーカーとしても喜んでもらえる提案をしていかなくてはならない」ことも挙げました。
踏み込んだ「ふたつの数値目標」
スマドリ宣言の具体的な取り組みとして同社が掲げるのは、次の2点です。
1. 同社が国内で販売する主なアルコール商品に含まれる純アルコールグラム量を、2021年6月までに当社サイトで開示する
2. 販売する商品の容量合計に占める度数3.5%以下のアルコール商品(ノンアルコール商品含む)の割合について、2025年までに20%を目指す
現在、国内メーカーが販売するアルコール商品の含有表示は基本的に度数などのパーセンテージ表記。しかし実際どのぐらいのアルコールを摂取したかが分かりづらいことから含有量の実数も併せて明らかにするとし、「国内では非常に目新しい取り組み」とのこと。
また、既存の商品群がアルコール度数4%以上のビールやチューハイ、0.00%のノンアルビールなどであることを踏まえ、これまで選択肢を提示しきれていなかった度数3.5%以下という「中間的な選択肢」を拡充することで、「軽く飲みたい」「ちょっと酔いたい」ニーズに応えていくと言います。
なお「2025年までに20%を目指す」の20%は、2019年比の3倍強に当たる踏み込んだ目標値です。
飲み会で「不快な経験」約半数
「お酒に対する距離感は、『好きでたくさん飲む人』と『全然飲めない・飲まない人』とふたつにきれいに分かれるわけではなくて、本来もっと多様なはず。その人にとってちょうどいい飲み方・酒量の選択肢があれば、誰もが(飲み会などの)同じ空間でもっと楽しく過ごせるようになるはずです」(梶浦部長)
同社が2020年11月に実施したアンケートによると、東京など1都3県に在住する成人男女1050人(週1回以上のアルコール飲用者。または、お酒は飲めないがお酒の場は好きな人)のうち、これまで「飲み会などの場で実は不満や不自由さなどを感じていた」と答えた人は、それぞれ49.7%と45.1%とほぼ半数に上ります。
具体的には、
「飲みたくない人と飲まないといけなかった」(それぞれ34.9%、39.3%)
「飲みたくない気分のときに飲まないといけなかった」(29.6%、32.7%)
「飲みたくない場所で飲まないといけなかった」(24.2%、28.0%)
「自分の好みや気分ではないが、周りの人と同じ種類のお酒を飲まないといけなかった」(15.1%、19.6%)
などが挙げられました。
こうした体験が少なからず影響してか、昨今では若年層を中心とした「アルコール離れ」も指摘されています。前述のソバーキュリアスも「素面(しらふ)でいたい、酔っぱらいたくない」といった動機を挙げており、同根の要因があることを思わせます。
「ただ、お酒って、上手に付き合えれば本来とても良い面もあるはずなんですよね」と梶浦部長。
「コミュニケーションが促進されたり、初対面同士でも打ち解けるきっかけになったり。生活に豊かさや潤いをもたらしてくれます。大切なのは、飲み方や飲む量なんです」
「たくさん飲み過ぎてしまうという人にも、お酒や飲み会が苦手だからひと口も飲まないという人にも、よりちょうどよく、また心地良いお酒との付き合い方があるのだということを、さまざまな商品展開を通して伝える役割を果たしていきたいと考えています」
背景にはストロング系への批判も?
大手メーカーのこうした動き、またコロナ以降の飲酒習慣の変化について、専門家はどのように見ているのでしょうか。
国内の酒類市場に詳しい酒文化研究所(千代田区岩本町)第1研究室の山田聡昭(としあき)室長は、コロナ禍のライフスタイルの変化について「自分にとって心地良い生活のあり方を皆が模索している」と指摘します。
「例えば在宅勤務になった人なら、これまで通勤に充てていた片道1時間前後の時間が自由になるのですから、仕事を早く終わらせて18時半頃から夕食を始めることもできます。外食もなかなかしづらい今、多くの人は家での夜時間が長くなったのではないかと思います」
「その時間のお供に飲むアルコールは、強めのものを少しだけにするのか、弱めのものをゆっくり飲むのか。その日の気分や自分の好みに合わせて心地良いものを選びたいと考える人が増えるのは自然なことです。そうしたニーズにマッチする商品の選択肢が増えるのは喜ばしいことではないでしょうか」
また、今回アサヒビールがふたつの具体的な数値目標を掲げたことに「大変驚いた」としたうえで、純アルコールグラム量の開示について次のように話します。
「思い切った判断だと思います。近年、(各メーカーが展開する)度数9%のストロング系チューハイの危険性がしきりに言われていることなども背景にあるのかもしれません。例えばビールとストロング系チューハイではどのくらいアルコール量が違うのか、といったファクトが提示され可視化されることは、消費者にとっても良い判断材料になるでしょう」
度数3.5%以下の商品割合を3倍強に増やす目標については、
「ノンアル・ロー(低)アル市場は成長分野であるものの、どこまで大きくなるかは今のところ未知数です。ですが、酒類メーカーとして『飲み方の多様性を広げるためにできることをやっていきます』という意思表示だと捉えることができます」
とのことです。
都内で増えるノンアル・ローアルの店
ノンアルコール・ローアルコールへの関心の高まりは、流行の発信地・東京の街角からも垣間見ることができます。
中央区日本橋の「Low-Non-Bar」、港区六本木の「0% NON-ALCOHOL EXPERIENCE」など、ノンアル・ローアルを専門にしたバーやカフェ、レストランは次々とオープンしています。
ノンアルコール商品(オルタナティブドリンク)の専門輸入商社アルト・アルコ(荒川区東日暮里)を営み、ノンアル・ローアル業界の動向に詳しい安藤裕代表は、昨今の流れについて「個々人にフィットした多様性が認められ、より豊かな世の中になるのでは」と歓迎します。
これまでお酒の席を言えば、飲めない人はウーロン茶やオレンジジュースをどこか肩身を狭く注文する、というのが当たり前でした。
しかし、
「最近では、酒販店やワインスクールでのノンアルコールのセミナー開催、メーカー主導の取り組みなど、業界側でも積極的な取り組みが始まっています。具体的には、ワインなどのアルコールを相性の良い料理と一緒に楽しむ『ペアリング』のサービスをノンアルコールドリンクに特化して提供するレストランも東京を中心に増えてきています」。
ノンアルやローアルドリンクはバーなどを中心にすでにメニューの多様化が進み、もはや飲めない人のための単なる“代用品”ではなく「それ自体が持つ面白みに気づく人が増えている」とのこと。近年高まりを見せていた健康志向のトレンドを、コロナ禍がいっそう後押ししたとも指摘します。
今後期待される、誰もが楽しくくつろいだ気分になれる飲み方・飲み会のあり方とはどのようなものなのでしょうか。
「アルコールかノンアルコールか、というくくりではなく、あくまで同じひとつの『飲料文化』として成長していくことに鍵があるのではないでしょうか」。
「アルコールかノンアルかと言うと、どうしてもある種の二項対立を想起させてしまいますが、そうではなく、おいしい料理とそれに合う飲料という視点が社会に広がっていけば、誰にとってもより楽しみになる場ができると考えています」
酒席の良さを再確認する機会に
お酒が飲めない、飲みたくない。だから飲み会が苦手、参加できない……という考えは、思えば「飲み会ではアルコールを飲むのが当たり前」という前提に立ってのものでした。
もし、誰でも自分の飲みたいメニューを気兼ねなく選べて、お酒が得意な人もそうでない人も自分に合った量を気持ちよく飲めたら、飲み会は今よりも楽しい場になるかもしれません。
前出の酒文化研究所・山田室長は、
「長い歴史の中で培われた飲み会文化は、決してデメリットばかりではないはずです。お酌が苦手、という人もいるかもしれませんが、お酒のつぎ合いとは要は『ギフトの応酬』。相手を思い合ったり、いかがですか? と話し掛けるきっかけになったりもしますから」。
そうした酒席ならではの良さを再確認するためにも、アサヒビールが掲げる今回の宣言が社会にどのようなインパクトを与えるのか、今後が注目されます。