焼きたて「20分で廃棄」していた過去 苦心の店主が7年がかりで編み出した「干物型たい焼き」とは

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焼きたて「20分で廃棄」していた過去 苦心の店主が7年がかりで編み出した「干物型たい焼き」とは

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笹井清範

商い未来研究所代表、商業界元編集長

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阿佐ヶ谷に世にも珍しい、たい焼きを魚の干物のように開いた商品を売るお店があります。いったいなぜでしょうか。商い未来研究所代表で、小売流通専門誌「商業界」元編集長の笹井清範さんが解説します。

「天然もの」と「養殖もの」の違い

 人形町「柳屋」、麻布十番「浪花家総本店」、四谷「わかば」――これらは、ある食べもので東京を代表する三名店ですが、何の店かをご存じでしょうか。

 正解はたい焼き。庶民の暮らしの楽しみとして愛され続ける和菓子です。その起源は江戸時代、熱した鉄板または銅板の上に小麦粉に砂糖を混ぜて水で溶いたものを流して、文字や絵の形に焼いた文字焼(もんじやき)から派生したと言われます。

 三名店の共通点のひとつは「天然もの」を扱っていることにあります。

 天然ものとは、「一丁焼き」という1匹だけの焼きごてを用いて焼くたい焼きのこと。それに対して、大型の焼成機を使っていっぺんに複数を同時に焼くものを「養殖もの」と愛好家たちは言います。

焼きたてにこだわり、作って20分で廃棄

 これら三名店の名声に近づこうと、素人からたい焼き店を始めて創意工夫を重ねる人がいます。2011年1月に創業、杉並区の阿佐ヶ谷パールセンター商店街に7坪ほどの小さな店を構える「たいやき ともえ庵(あん)」(杉並区阿佐谷南)の店主、辻井啓作さんです。辻井さんはあるときはともえ庵店主、あるときは経営コンサルタント、あるときは格闘家でもあります。

店主の辻井啓作さん(画像:笹井清範)



 一丁焼きを製法とすることはもちろんですが、この店の特徴はそれだけにとどまりません。そのひとつに、甘味を抑えた餡(あん)があります。

 ともえ庵が考えるおいしさとは、たっぷりと入ったつぶし餡とパリッとした皮のハーモニーにあります。たくさん食べても胃もたれしないように、「餡に加えるグラニュー糖を極限まで減らして甘さを抑えている」と辻井さん。そうすることにより、小豆の素材としての風味を際立たせているのです。

焼きたてにこだわり、作って20分で廃棄

 そして「たい焼きは焼きたてこそ最上の調味料」という信念から、すぐに食べる来店客には焼きたてを提供、さらに「焼き上がり後20分」を目安に廃棄というルールを徹底しているそうです。

 餡も鮮度とおいしさを第一とするため、営業終了時に残ったものを翌日に使い回すことなく、すべて廃棄するという徹底ぶりです。

ともえ庵のオリジナル商品「たいやきの開き」。「冷たい牛乳と食べるとおいしさが際立ちます」と店主(画像:笹井清範)

 そのため、作り過ぎれば廃棄ロス、作り控えれば販売の機会ロスというふたつのロスといかに向き合うかがともえ庵の商いでもあります。

 食品廃棄量の削減は持続可能な社会実現に欠かせない今日的課題ですし、機会ロスの低減は経営上の重要テーマです。この対立する課題をともにクリアしてこそ、店は存続を許されます。たい焼きの頂点を目指す辻井さんが安易に妥協するはずもありませんでした。

ふたつのロスを解消する製品が完成

 構想7年。半年以上の試作を重ね、2017年10月にこれら課題を解消する商品「たいやきの開き」を開発しました。

ひとつひとつを、焼きごてを使って焼き上げるのが「天然もの」の特徴。ともえ庵では、その場で食べるお客さまにはできたてを提供する(画像:笹井清範)



 たい焼きを魚の干物のように開き、つぶ餡の面に皮を付け直して、上下からプレスしながら焼いて仕上げる同店のオリジナル商品です。これによって、ふたつのロスは解消へと向かいました。

 ただし注意したいのは、「たいやきの開き」がロス解消だけを目的に開発されたのではないということです。その根底には、焼きたてでなくてもパリッとした皮をお客さまに味わってほしいという、皮好きの店主の思いがありました。

「水分を戻せないなら、飛ばせばいい」

 そもそも辻井さんには、パリッとした皮のおいしさを前面に出した「ひらめ焼き」なる商品を開発したいという夢がありました。しかし金型から作る必要がある上に、その金型でも理想の味を生み出せる確証もないことから、実現に至りませんでした。

 一方、たい焼きは時間の経過とともにつぶ餡の水分が抜け、焼きたてよりも味が落ちていくもの。スチームオーブンなどで試したことがあるそうですが、皮のパリッと感を維持したまま、つぶ餡の水分を復活させることができないままだったのです。

 心を込めて焼いたたい焼きを捨てるのは、辻井さんにとってつらいことです。固くなったパンを食べるための工夫から生まれ、独自のおいしさからマーケットを創造していったラスクのように、廃棄するたい焼きをおいしく食べてもらいたいという思いが辻井さんから離れることはありませんでした。

 このふたつの思いが、辻井さんの発想の中でつながる瞬間が訪れました。「たい焼きの水分を戻せないなら、完全に飛ばしてしまえばいい!」と発想を転換、半分に開いて鉄板でつぶしながら焼けば、水分は飛ばせるはずと考えたのです。これが「たいやきの開き」誕生の、そのときでした。

 また同店では、週末の繁忙日には焼き手ふたりと売り手ひとりという3人体勢をとっています。

 しかし、そんな日にも時間帯によって来店客数のばらつきがあるもの。「たいやきの開き」の製造はそうした隙間時間に行えるので、スタッフの労働力のロスも防ぐことができるのです。

愛される理由は「三方よし」の実現

 売り手によし、買い手によし、世間によしの「三方よし」は、日本三大商人のひとつ、近江商人の経営哲学として知られています。

 伊藤忠商事(港区北青山)や丸紅(中央区日本橋)といった商社、高島屋(大阪市)や旧セゾングループといった小売業、日清紡(中央区日本橋)やワコール(京都市)といった繊維産業など、多くの傑出した企業を輩出してきました。

 ともえ庵のたい焼きにも、三方よしの精神が込められています。機会ロスと労働力ロス削減で「売り手によし」を、おいしさで「買い手によし」を、廃棄ロス削減で「世間によし」を実現しているからこそ愛されるのです。

中央・総武線「阿佐ヶ谷駅」南口から続くアーケードの阿佐ヶ谷パールセンター商店街の中ほど、徒歩4分程度にあるともえ庵。丸の内線「南阿佐ヶ谷駅」からも4分程度で着く(画像:笹井清範)



 季節は秋から冬へ、たい焼きがおいしさを増す季節。ぜひ、あなたの舌でおいしさを確認してみてください。

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