根拠のないネガティブな先入観
筆者は地方都市の出身で、学校を卒業し、社会に出てからしばらくは郊外や地方都市で生活していました。10年ほど前に仕事の都合で都内に転入するまでは、東京を訪問する機会もなく、東京に関する具体的な知識もほとんどありませんでした。
隅田川以東の下町も当初は自分の意思で選んだわけでもなく、ただ勤務先からの指示で、成り行きで暮らすことになったものです。しかしそんな下町エリアに暮らし始めて、最も奇異に感じたことのひとつが、職場の同僚や一部のメディアで語られる「足立区」のイメージと、実際に仕事で訪問して目にしたイメージのギャップでした。
一部で語られる「足立区」のイメージの詳細を、今この場で改めて語ることは控えますが、筆者の目から見れば、むしろ整然とした区画割りの郊外型都市が広がる足立区が、どうしてあのようなネガティブな先入観を持って語られることがあるのか不思議だったのです。
実際のところは、ターミナル駅としても著名で、その利便性の良さから人気が高く賃料相場も高めの北千住も足立区です。ネガティブな先入観についてはさしたる根拠にも基づかない話で、あまり真剣に議論する必要もないことのかもしれません。
しかしそれにしても、時に大手の商業メディアにおいても、足立区を語る際はこの手の風評が採用されている機会を目にすると、むしろ筆者は、逆にそのあまりに一面的なイメージの裏側に、隠された魅力やメリットがあるのではないのかと考えてしまいます。
例えば商売上の立地選定など、たとえそのイメージが信ぴょう性に欠ける風説に基づいたものであったとしても、土地の持つイメージが重要となる場面はあるかもしれません。また、在学中の子どもがいる家庭は、入学を希望する学校までの通学など、子どもの教育環境も住まいの重要な選択肢のひとつとなると思います。
しかし、当連載で想定しているような、こと「拠点作り」と言う視点で考えた場合、イメージの良しあしは重要でないどころか、むしろイメージの悪さを逆手に取って利用する位の方が良いのです。
東京の住宅相場と自身の価値観
この連載では、腰を落ち着けて長く暮らすための「住まい」の確保に適した街を求めているのではありません。あくまで、何か別に明確な活動や目標を持つ方が、ひとまず東京で手っ取り早く住所を確保するための「拠点」「ベースキャンプ」の確保にふさわしい街を見つけていくことに主眼を置いています。
そのため、街がそもそも持つイメージに左右されるような局面は想定しにくく、誰もがうらやむような「住みたい街」に暮らす必要もありません。「寝床」と「住所の取得」こそが重要なのであって、むしろそれ以外の要素を排除していき、浮いた費用を別の出費に回すことも目的のひとつです。
人気の高い街は、確かに利便性に優れ、魅力的な商業施設も多いかもしれませんが、その分地価・賃料相場は当然高く、また人気があるゆえに駅や商業施設は恒常的に混雑します。
東京周辺の住宅相場というものは、基本的に都心方面への通勤を想定した交通利便性を主な判断基準として算定されています。
すなわちそれは、朝起きて、都心方面への電車に乗車して出勤し、夕方以降に退社後、再び電車に乗って自宅へ戻る生活を想定したものですから、そのような動線を描かない生活を想定した場合は、おのずから住まいの選択基準も大きく変わるはずです。
ちなみに筆者は現在、あまり人口密集地とは言えない地域に居住しているため、特に週末などは、高速道路などの渋滞とは絶えず無縁の生活をしていて、生活動線を主流とは逆にすることは自身の実感として強くお勧めしたいところです。
都心から離れたポジション作りで見えるもの
そんな、いわば「多数派の論理」をあらかじめ排除したうえで、改めて足立区の街を見てみると、足立区も、江戸川区や葛飾区同様、郊外都市として非常に優れたバランスを持ち合わせた地域であることがわかります。
足立区には、北千住のような古くからの繁華街があり、また東武伊勢崎線沿線は昔ながらの住宅街が広がりますが、それ以外の地域は、やはり元々は農地や湿地であったため区画整理が進んでおり、整然とした街並みが広がります。
また足立区は、千住と他地域の間のみ荒川で分断されているほかは、葛飾区や江戸川区のように区内を分断する大きな河川はないため、渋滞の要因となりがちな橋などの道路整備における地形上の制約が少なく、個人的な主観としては、足立区は23区内で「最も道路事情が良い区」です。
タクシー運転手の職に就いていたときも、世田谷区や杉並区、そして実は葛飾区の一部などでもその道路事情の複雑さには往生させられましたが、足立区は区内最大の繁華街でありターミナル駅でもある北千住駅周辺でも、こと道路に関してはあまり走行に苦労した記憶はありません。
都心から離れた立地なので当然なのかもしれませんが、立地だけでなく、生活のスタイルそのものも「王道」からは少し離れたポジションを取り、「住みたい街」とやらに背を向けた動線を取る――ただそれだけのことで、これだけ優れた都市機能を持つ郊外都市に、手頃な負担で拠点を構えられるのならば、どの地域でも一定の利便性が確保されている23区においては、むしろ人気がなく、その名前もあまり知られていない街こそ、知る人ぞ知る拠点性を秘めた魅力があるのではないのかとさえ思えてくるのです。