開発企業、担当者の思いとは?
「就活生のSNS『裏アカウント』を特定します」――。そんなサービスが2020年9月に登場し、物議をかもしました。
※ ※ ※
若い世代を中心に、今や誰もが使うようになったSNS。一方で、不適切な言動・行動などの投稿によって個人のアカウントが“炎上”するケースもしばしば散見されます。
たとえば飲食店のアルバイトや社員らが店内の備品や食材を使った悪ふざけ画像を投稿して批判が殺到、企業全体の信用失墜につながるといった事案は、2013年頃からたびたび発生し問題視されてきました。
同サービスは、就労後にこうした「SNS炎上」を起こすリスクのある就活者かどうかを採用前にあらかじめ判断する材料として、表向きのアカウントとは別の匿名アカウント、いわゆる「裏アカ」を特定するものです。
就活生の裏アカウントを特定するサービス。運用開始1か月間で得られた“成果”とは?(画像:写真AC)
コロナ禍の2020年、急速に広がったウェブ面談は、就活生にとって在住地に捉われずさまざまな企業の採用試験を受けられる便利な仕組み。また企業側にとってもより多くの優秀な人材を見つけられるチャンスでもあり、双方にとって新たなメリットを生み出しています。
ただ、実際の対面形式に比べて面接中に得られる情報が限られることから、今回サービス提供を開始した企業は
「(就活者の)SNSの調査は今後さらに重要度を増していくと考えられる」
「その半面、就活者側は『就活専用アカウント』を作成し、本来の人間性を隠す傾向がある」
と、採用活動を行う企業の側から見た裏アカ調査の必要性を指摘します。
ネットにあふれた賛否両論
このサービス開始当初、ネット上では、
「社会に迷惑かけない程度に裏アカでストレス発散したり、趣味を楽しんだりする分には何も悪いことじゃないんじゃないの?」
「探られたら困るような言動をネット上で垂れ流す方が悪い」
「人間である以上、反対意見や不満が生まれるのは当たり前。会社に対する批判意見を取り締まるなんて本質的じゃない。不満を減らす努力をするのが大事でしょ」
など、さまざまな賛否両論が巻き起こりました。
サービス提供の開始から約1か月。事業を展開する企業がこのほど、この間の実績を明らかにしました。
果たしてどのような“成果”が得られたのか? そしてサービスの本当の目的とは? 同社の担当者に話を聞きました。
裏アカ特定、生々しい事例ふたつ
このサービスを扱っているのは、千代田区飯田橋にある調査会社、企業調査センター。企業のトラブルを未然に防ぐための社員のバックグラウンド調査や、トラブル発生後の原因調査などの業務を展開しているといいます。
今回のサービスについても、
「就活者の“裏の姿”を徹底リサーチし、採用コスト削減や経営合理化を強力にサポート」
が売り文句。このたび公表した運用1か月での検証結果では、生々しい具体例をふたつ紹介しています。
例1.成績優秀な受験者の別の顔が……
それは、急伸中のベンチャー企業での新卒採用における事例だといいます。
誰もが知っている有名大学出身で、英語の公開テストも900点以上と見るからに優秀な受験者Aさん。
面接では、英語圏に短期留学した際にクラスで1位を獲得したエピソードや、3か国語を話せることなど、国際感覚に優れている点をアピールしていました。
成績優秀、語学堪能。そんなAさんの裏アカを特定したところ……(画像:写真AC)
どの企業も採用したいと思う人物ですが、同社がTwitterのアカウントを特定したところ、英語がそれほど上手ではない人事担当者を見下すような発言や、語学能力を持っていない人たち全般を差別するような投稿が。
言論の自由があるとはいえ、公開されているSNS上で“差別に近い書き込み”は許容されがたいもの。「面接では見抜けなかった二面性が明らかになったケースだ」と同社は説明します。
例2.大けがのリスクを抱えた学生
もうひとつ、別の事例も公表されています。
体育会系の学生Bさん。陸上競技で優秀な成績を残し、実業団のある企業からも誘いがあったようですが、ケガによる故障のため競技の道は断念していました。
Bさんの、本アカウントとは別のアカウントを確認したところ、筋トレや栄養管理に情熱を傾けていることが分かり、格闘技のイベントに出場する旨の投稿も。しかし、あるとき試合中に大けがを負って続行不可能となったようです。
「格闘技自体は決して悪い趣味ではないものの、今後就労するにあたっては『ケガで入院して出社できません』というリスクも生じることになります」と同社。
採用担当者も格闘技のことは把握していなかったといい、Bさんについて人数の融通が利く部署への配置を検討することになったといいます。
他人アカウントと取り違えはないのか?
同社によると、この1か月間で計36社からの依頼・相談が寄せられました。全て東京都内に立地する会社で、業種はIT系などが多かったとのこと。
「急成長中で、上場に向けてこれから社員数を一気に増やしたい、という企業(からの依頼)が多いという印象です。社内の機密情報を漏らす恐れ(のある人物で)はないかといったことを気にされる社もありました」と担当者。
アカウント特定の実績は、1か月間で「80%」を達成。調査対象者本人のアカウントだという確証を得るため、名前や誕生日、出身校といった複数の情報と合致することを特定の条件としており、
「確証要件が満たないものは『特定』としません。ですから、別人のアカウントを間違えて(依頼企業に)報告する取り違えは起きません」
と自負します。
そもそもSNS調査はすでに一般的
担当者いわく、そもそも近年の採用活動では企業の約9割が受験者のSNS調査を実施しているそう。ただ各社、限られた人員やコストで受験者のSNSをすみずみまでチェックするのは至難の業。その業務を代行するために今回、同サービスを立ち上げたという経緯があるのだと言います。
1999(平成11)年の創業以来「B to B」の業務を展開してきた同社にとって、人事採用を巡る各企業の悩みは、日常的に接する課題のひとつでもありました。
「依頼してくださる企業の中には、過去に採用で苦い経験をしたことがある社もあるようです。せっかく入社したのにすぐ辞めてしまった、面接で話していたスキルを発揮してくれない……そういったトラブルをできる限り回避したいというのは、多大なコストを払って人事採用を行う企業側にとって偽らざる切実な本音なのです」(担当者)
懸念情報以外は依頼企業に報告しない
一方、受験する側にとっては、企業にとっての問題行動とは直接関係のない、ごく個人的な思考や特性をも知られてしまうという不安感もはらんでいます。
それがたとえばLGBTなど性にまつわる個性であったり、出自にまつわる情報だったりした場合、それらを全て企業側に知られる必要があるのかどうかという点については、やはり賛否を呼びそうです。
同社担当者は
「明らかな問題行動と取れるもの、また依頼企業にとって不利益となる情報以外は、基本的に報告対象としていません。ですから、たとえば職場に関する悪口であっても『課長ムカつく』程度であれば何ら問題ありません。それは誰でも一度や二度は口にしたことがある内容でしょう」。
「ただもし、ものすごい長文で事細かに何度も何度も一方的な不満を書き連ねているとしたら、それは同僚として迎え入れるか否かの判断に多少は影響を及ぼすものではないでしょうか。差別表現、反社会的な行動などはもってのほかです」
もう1点、同社は強調したい点があると言います。
「このサービスは、ことさら(就活者の)悪い面ばかりを企業に報告していると捉えられがちですが、本来の目的は、企業にとって有意義な採用活動になるようサポートすること。ですから就活者の良い面や、採用予定の職種に好条件の特性などが分かれば、それらも含めて依頼企業に報告しています」
「匿名」でもバレる可能性はある
裏アカ特定作業は、同社内のネット調査部隊により施錠した室内で行われ、外部に情報を持ち出さないなど万全のセキュリティーで行われているといいます。
その作業は「極めて地道なもの」で、ネット上に公開されている情報をつぶさに拾い上げ、つなぎ合わせていくものだといいます。
それはつまり、たとえ匿名アカウントであっても書き込みの集積から情報をより分け結び付けていくことで、最終的には書き込んだ個人が誰なのか特定できるケースは少なくないということ。
「課長ムカつく」程度ならまだしも、個人を名指ししての執拗な誹謗中傷、差別的な表現、反社会的勢力との関係を匂わせる投稿などは、就活生であろうとなかろうとしない方が良いのは、言うまでもないでしょう。