息子もパパも困ったちゃん 今でも変わらぬ親子のドタバタ劇『初天神』【連載】東京すたこら落語マップ(6)

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息子もパパも困ったちゃん 今でも変わらぬ親子のドタバタ劇『初天神』【連載】東京すたこら落語マップ(6)

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櫻庭由紀子(落語・伝統話芸ライター)

落語と聞くと、なんとなく敷居が高いイメージがありませんか? いやいや、そんなことないんです。落語は笑えて、泣けて、感動できる庶民の文化。落語・伝統話芸ライターの櫻庭由紀子さんが江戸にまつわる話を毎回やさしく解説します。

何でも「おねだり」する息子

 1月25日は天満宮の「初天神」。天満宮は菅原道真公を祭る神社の総称です。菅原道真は、生まれた日も亡くなった日も25日といわれており、毎月25日は「天神祭」と称して多くの天満宮・天神で神事や祭事が行われています。

「初天神」は、新年最初の25日のこと。この日に天満宮にお参りしに行く親子のやりとりの落語が「初天神」です。今回は、日本三大天神、関東三大天神、江戸三大天神、東都七天神のひとつ、「亀戸天神社」とその周辺を歩いてみましょう。

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 1月25日、今日は初天神ということで、羽織を着て出掛けようとすると、女房が息子の金坊も連れて行ってくれと頼んでくる。

 あいつは連れていくとあれ買ってくれ、これ買ってくれとうるさいから嫌だと断るが、折あしく、外から金坊が帰ってくる。金坊は、「羽織を着ているから出掛けるんでしょ。連れてって」と聞かない。仕方がないから、金坊をつれて初天神へ出掛けることにした。

 天満宮への道を歩きながら、「あれ買ってくれ、これ買ってくれと言わないこと」と約束させる。しかし、「ね、おとっつぁん、今日はおいらあれ買ってくれ、これ買ってくれっておねだりしないでいい子でしょ」「ああ、いい子だよ」「だから、ごほうびに何か買っておくれよ」と、金坊がしつこくおねだりをし始めた。

歌川広重「亀戸天神境内」『名所江戸百景』(画像:櫻庭由紀子)



「これだからお前を連れてくるのは嫌だったんだ」と、文句を言いつつもあめ玉を買うことに。店先で売り物のあめを散々ねぶり回して選ぶものだからあめ屋に叱られる。あめを買ってもらってご機嫌の金坊。しかし、調子に乗っているうちにあめ玉を飲み込んでしまった。

 今度は団子が欲しいとごね始めた金坊。仕方がないので団子を買ってやるが、蜜が垂れてしまうからと全てなめとってから金坊に渡す。金坊が「嫌だよ、こんなの」と文句を言ったので、団子屋の蜜のつぼに団子を2度づけして、親子で走り去る。

 天満宮への参拝を終えると、金坊が凧(たこ)をねだる。渋々買ってやり、隣の空き地で凧あげをすることに。すると、腕に覚えがあるとばかり金坊から凧を取り上げ、ひとりで楽しみ始めてしまった。金坊が自分のあげさせてくれと頼んでも、「子供がするもんじゃねえ」と一喝。無邪気に凧揚げに興じる父親を見て、金坊、

「こんなことなら、お父っつぁんを連れてくるんじゃなかった」

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吉宗公も訪れた江戸の行楽地

 亀戸天神がある亀戸(現在の江東区・北部エリア)は、江戸名所として栄えたまちです。もともとは農村でしたが、寺院や神社の移転により門前町となり、さらに、亀戸天神社の藤、梅屋敷の梅、龍眼寺の萩など花の名所としても知られ、多くの参詣者が訪れるようになりました。

 江東区文化観光ガイドにある亀戸七福神コースでは、龍眼寺の他に勝負の神様として有名な香取神社もめぐります。香取神社は、特にスポーツの勝利にご利益があるとされ、オリンピック選手も訪れるパワースポットです。

鷽替神事と初天神でにぎわう亀戸天神社(画像:櫻庭由紀子)



●亀戸天神社
 日本三大天神、関東三大天神、江戸三大天神、東都七天神のひとつ。菅原道真公をお祭りしている天満宮です。

 天満宮の特殊神事といえば、毎年1月24日、25日の「鷽替(うそかえ)神事」。鷽が嘘(うそ)に通じることから、前年にあった災厄・凶事などをうそにして、本年は吉となることを祈念して行われるものです。

 ヒノキで作られたお守り「うそ鳥」は手作り。前年のうそ鳥を納めて新しいうそ鳥と交換することで、開運や出世、幸運を得られるとされています。さらに、2月の「梅まつり」、ゴールデンウィークの「藤まつり」、10月下旬の「菊まつり」なども見どころです。

 境内には、触ることにより病気を治し、知恵を得るといわれている「神牛坐像」も。道真公と牛の縁は深く、落語「牛ほめ」では「この牛は、『天角地眼一黒直頭耳小歯違(てんかく・ちがん・いっこく・ろくとう・にしょう・はちごう)』でございます」と道真公にちなんだ牛の褒め方が説明されています。

●船橋屋
 くず餅で有名な老舗。本店は亀戸天神社の鳥居と天神橋の中間にあり、多くの観光客でにぎやかです。

 くず餅は亀戸の名物だったそうで、清水晴風著『東京名物百人一首』1907(明治40)年8月「亀戸神社の藤と葛(くず)餅」によると、「文化2年(1805)に天神社参道にて創業した船橋屋が人気を集め、そのくず餅は亀戸餅とも呼ばれた」とあります。

 当代の柳家小三治は、枕で名古屋の名物・ういろうと比較する対象としてくず餅をあげており、現在ではすっかり東京名物となっています(小三治はその枕で、ういろうは好きではないと語っています)。

●亀戸梅屋敷
 亀戸梅屋敷は、呉服商・伊勢屋彦右衛門(いせや・ひこうえもん)の別荘「清香庵(せいきょうあん)」をいいます。この屋敷の庭の梅が大変に見事なためその名が付いたといわれます。八代将軍徳川吉宗は鷹狩りの帰りにこの地を訪れ、梅の美しさを絶賛していたといいます。

 当時の場所は亀戸3-40、50~53付近、亀戸天神の裏手。梅の時期は亀戸天神の参詣者もあり、相当なにぎわいだったのではないでしょうか。

 現在は、亀戸駅から香取神社方面へ徒歩5分ほどの場所に、複合商業施設として復活。観光案内所や物産店、江戸切子ギャラリーがあり、各種イベントのほか、五代目円楽一門会による寄席や落語会が行われています。

父と子、現在にも通じる親子像

「初天神」は上方の古典落語であり、三代目三遊亭圓馬(えんば)が東京に持ち込んだと言われています。三代目三遊亭圓馬は、数多くの上方落語を東京に移植。前座時代の八代目桂文楽を預かり弟子として稽古をつけたことでも有名です。

葛飾北斎「かめゐど天神たいこはし」『諸国各橋奇覧』(画像:櫻庭由紀子)



 新春に演じられる演目ですが、寄席では全て演じられることはあまり多くありません。というのも、金坊のおねだりの演出や、あめ屋や団子屋でもやりとりによっては、噺(はなし)が冗長になってしまうためです。

 あめ屋、または団子屋のシーンでサゲることが多く、最近ではあめ屋や団子屋での父親の行動が不潔だという意見もあり、あえて高座にかけないとする場合もあるようです。

 原話は1773(安永2)年『聞上手』の「凧」という小ばなし。

 むす子が凧をあげるにあがらず。親父出て、
「どれどれおれがあげ付けてやらふ。向かふの河岸へもつてこい」
 とて小僧をつれてゆき、一かけ走るとよくあがる。
 親父おもしろがり、引いたりしやくつたり余念なし。
「コレ父さん、もふおれにくんねいくんねい」
 とせつけば、
「ヱヱやかましい。われをつれてこねばよかつたもの」

 この原話に前半を付け足し、サゲを息子(金坊)視点に改変して父親のおかしさを強調しています。

 お父さんが子どもそっちのけでおもちゃで遊んでしまい、あげくに子供が泣きだすという構図は、150年以上たった現代でも健在。江戸の昔から、父親というものは大人になるには時間がかかるようでございます。

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