東京に残る3体の「騎馬像」 勇壮な姿に見る近代日本の歴史とは

東京都内には、戦前の騎馬像が残っています。その背景と魅力について、文筆家の広岡祐さんが解説します。


官軍の司令官として -有栖川宮熾仁親王-

 港区南麻布の有栖川宮記念公園。ここはかつて皇族・有栖川宮の邸宅があった御用地でした。閑静な公園の広場に建つ騎馬像が、有栖川宮熾仁(ありすがわのみや たるひと)親王像です。

有栖川宮熾仁像。官軍のシンボルとなった人物だった(画像:広岡祐)

宮さん、宮さんお馬の前に ヒラヒラするのは何じゃいな
あれは朝敵征伐せよとの 錦の御旗じゃ知らないか(トンヤレ節)

 1868(明治元)年、鳥羽伏見の戦いからスタートした戊辰(ぼしん)戦争で、官軍(新政府軍)の兵隊たちによってうたわれた行進歌です。この『宮さん』が、明治新政府の東征大総督として指揮をとった熾仁親王でした。

 維新後は明治政府の総裁職をつとめ、また初代の陸軍参謀総長に任ぜられました。この像は三宅坂(みやけざか)の陸軍参謀本部(現・憲政記念館。千代田区永田町)に置かれていたもの。戦後も長く三宅坂に残されていましたが、1962(昭和37)年に首都高の拡張工事にあわせて移転しました。東京オリンピックの2年前のことでした。

 有栖川宮熾仁親王は、14代将軍・徳川家茂と結婚した皇女和宮の元婚約者として、歴史ファンには名高い人物です。鳥羽伏見の戦いの後、有栖川宮に15代将軍慶喜の助命嘆願をしたのが、つぎに紹介する輪王寺宮(北白川宮)でした。

波乱の生涯 -北白川宮能久親王-


【画像ギャラリー】都内に残る「戦前の騎馬像」をチェックする(8枚)

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