東京で人気者になる――テレビ番組『ASAYAN』が生んだオーディションブームと何だったのか

一般人のセルフプロデュースが盛んとなり、YouTuberが多く活躍する現在。しかしかつての芸能人の登竜門といえばオーディションでした。そんなオーディションについて、20世紀研究家の星野正子さんが解説します。


オーディションブームの到来

 毎年春になると上京してくる多くの若者たち。インターネットが発達したことでさまざまな関係性や価値観が変化しても、東京で成り上がることを夢見る若者は後を絶ちません。また東京が魅力的な大都市であるのは、こうした若者たちの存在も大きく関わっています。

 彼らの中で絶えず存在しているのが、音楽や演技といった芸能活動で成り上がりたいと考えるタイプの人たち。その手段のひとつとして知られているのが、オーディションです。

1999年に行われた『ASAYAN』の「モーニング娘。第2回追加オーディション」の様子(画像:テレビ東京グループ)

 現在でもあちこちで開かれているオーディションが、それまで以上に激しく熱を持った時期がありました。それが、テレビ東京系の番組『ASAYAN』から生まれたオーディションブームでした。

前身はカルチャー番組だった

 この番組、最初は1992(平成4)年4月に始まった『浅草橋ヤング洋品店』という情報番組でした。当初こそファッションやカルチャーを紹介していましたが、途中から通称「炎の料理人」で知られる周富徳やお笑いタレント・江頭2:50といった、キャラの立ったゲストを迎えたバラエティー番組に転身します。

 1995年10月から『ASAYAN』とタイトルを変えて、お笑いコンビ・ナインティナインが司会を担当する小室哲哉プロデュースのオーディションコーナー「コムロギャルソン」が投入されます。

 このコーナーの人気を受けて、1996年4月からは番組全体が「夢のオーディションバラエティー」を掲げたオーディション番組に変わります。番組中では男性・女性ボーカルやモデル、グラビアアイドルなど、さまざまなテーマのオーディションが行われました。

CHEMISTRYのデビュー曲『PIECES OF A DREAM』(画像:デフスターレコーズ)

 そのオーディションによって、モーニング娘。やCHEMISTRY、太陽とシスコムーンなどさまざまなアーティストやタレントが生まれたことは、よく知られています。

ブームは他のオーディションにも飛び火


【全国の女子高生に聞きました】「YouTuber」をメイクの参考にしている女子高生、いったい何割いる?

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2020/06/200614_asayan_05-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/06/200614_asayan_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/06/200614_asayan_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/06/200614_asayan_08-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/06/200614_asayan_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/06/200614_asayan_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/06/200614_asayan_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/06/200614_asayan_04-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画