かつて「買い占め」で倒産した企業があった――コロナ禍のマスク騒動から振り返る

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かつて「買い占め」で倒産した企業があった――コロナ禍のマスク騒動から振り返る

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昼間たかし

ルポライター、著作家

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新型コロナ感染拡大の影響でいまだ買い占めが終わらないマスク。そんななか、過去にはあるものを買い占めて倒産した企業がありました。ルポライターの昼間たかしさんが解説します。

非ドラッグストアがマスクを売る現実

 先日まで、都内あちこちのドラッグストアに行列ができていました。それは、供給が追いつかないマスクをどうにかして買い求めようとする人たちによるものでした。

買い占められたマスクのイメージ(画像:写真AC)



 1月末から本格化した新型コロナウイルス騒動で、店頭から姿を消したマスクを巡り、大きな波乱が起こりました。マスクを買い占めてインターネットを使って転売することで利益を得ようとする人たちが続々と現れたのです。

 この事態を重く見た政府は、マスクの転売を規制。その結果、瞬く間に姿を消しました。それに続いて登場したのが、正規に入手されたマスクの高額販売です。

 当初感染者数が急増した中国では、多くの企業がマスクの生産を始めました。その生産力たるや一週間に1億枚といわれるほど膨大で、それらが現地での騒動が沈静化した3月頃からあまり始めました。そうした余剰マスクを輸入して販売する業者が、続々と現れたのです。

いずれやって来る「しっぺ返し」

 結果、東京では4月半ば頃からドラッグストアでもないのに店頭でマスクを販売する店が急増しました。その価格は50枚3000円など、輸入のために送料がかかるとしてもかなり割高。

 しかし国内で生産量が急増したことや、中国の感染者数が減少し物流に回復の兆しが見え始めたことで、そのもくろみもついえようとしています。

高額なマスクを購入するイメージ(画像:写真AC)

 在庫を少しでも高値で売り抜けようとしているのか、都内のあちこちで「マスクの露店が現れた」といううわさをよく耳にします。

 そしてつい先日、筆者(昼間たかし。ルポライター)の事務所の近所にも露店が出現。しかし、誰も買っている様子はありませんでした。一時のような買いだめは避けられているようです。

 やはり、多くの人が困っているときに買い占めてもうけようとすれば、「しっぺ返し」をくらうのだとしみじみ感じました。

「黄色いダイヤ」にまつわる40年前の事件

 日本ではかつて買い占めで大きな非難を浴び、会社が倒産したり、社名に傷がついたりする大事件がありました。それは、1980(昭和55)年の「カズノコ買い占め事件」です。

 カズノコといえば、正月のおせち料理には欠かせない食べ物。ニシンの卵を原料にするカズノコは「黄色いダイヤ」とも呼ばれる高級品です。

カズノコのイメージ(画像:写真AC)



 カズノコが高級品となる理由は、漁期が短いことです。多くはカナダやアラスカで取れますが、だいたい3月から4月までの1か月間しか漁ができません。

 そして、取り扱う水産会社にとってもリスクの高い商品です。というのも、春ごろに取って加工し貯蔵できるにもかかわらず、売れるのは年末の1か月ぐらいしかないのです(卸は10~11月)。

 そのため、買い付ける際は正月前にどれくらい売れるかを予測して価格を決めなければなりません。うまくいけば利ざやが稼げますが、売れなかったら大損です。

 カズノコを仕入れる水産会社が利益を得るために考えるのは、市場価格だけではありません。為替相場も重要です。

 仕入れたときよりも円高であれば、その分利益も増えます。事件の起こる1970年代後半は円高が進んでいる時期でしたから、事件前年の1979(昭和54)年も例年通り利益が得られるだろうと考えられていました。

ビジネスは常にまっとうにあるべし

 ある大手商社はそれを見越して、子会社である水産会社を通じて例年通り大量のカズノコを買い付けていました。ところが、1979年は思ったほど為替相場が円高になりません。

 在庫を放出すればダメージを食い止められますが、カズノコの価格は暴落して業界全体に影響が出てしまいます。

 そこで同社は卸の時期になっても在庫を売らず、年末が近づき価格が上がるのを待つことにします。そうなると、今度は市場への供給量が減り価格は高騰に転じます。

 正月には欠かせないカズノコは、それでも売れるはずでした。しかし多くの人は買わず、「今年は高いから諦めよう」と思ったのです。

ビジネスも正々堂々が一番(画像:写真AC)



 この予想だにしなかった「カズノコ離れ」によって、大量の在庫を抱えた子会社は経営が悪化し、倒産してしまいます。

 しかも大量の在庫を抱えての倒産だったことから、親会社である大手商社はマスコミから買い占めをもくろんだとして大きな批判を浴びることになったのです。これは「カズノコ買い占め事件」として、今なお日本の経済史に残る事件として語り継がれています。

 どんな理由や意図があったとしても、価格が高騰している中で大量の在庫を抱えていれば「買い占め人」のそしりを受けることは否めません。

 ビジネスというものは常にまっとうでなければならないと思う、今日この頃です。

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