東京が育んだ「BABYMETAL文化」は世界征服の夢を成し得るのか

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東京が育んだ「BABYMETAL文化」は世界征服の夢を成し得るのか

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松田久一

ジェイ・エム・アール生活総合研究所代表取締役社長

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世界的人気を誇るメタルダンスユニット「BABYMETAL」。世代を超えた幅広い支持を得ている彼女たちの夢「世界征服」の可能性について、ジェイ・エム・アール生活総合研究所代表取締役社長の松田久一さんが解説します。

東京という名の「必然性」

「BABYMETAL(ベビーメタル)」は日本の女性ふたりのメタルダンスユニットで、およそ10年前の2010(平成22)年に正式結成されました。そんなBABYMETALは2020年、新たな飛躍を目指そうとしています。

BABYMETALのウェブサイト(画像:アミューズ)



 イギリス、アメリカなど欧米での活躍が注目され、特に2019年にはビルボード全米アルバムチャート「Billboard 200」で13位を記録しました。56年ぶりに坂本九を抜いた快挙。ちなみに、代表曲である「ギミチョコ!!」のYouTubeでの再生回数は、1.1億回を超えています。

 このBABYMETALを育んだのが「東京」。日本の東京でなければならなかったのです。今回はBABYMETALと東京との関わりを探ってみたいと思います。

「アイドル + メタル」という発想

 BABYMETALは当初、アイドルとメタルという異質なものを組み合わせたユニットをつくろうと発想されたようで、渋谷を拠点とする芸能プロダクション・アミューズ(渋谷区桜丘町)の社員で、メタル好きだった小林啓(KOBAMETAL。BABYMETALの関与者はすべて「~ METAL」と呼ばれる)によります。

 原型となった「可憐Girl’s」の中元すず香(SU-METAL)らの歌唱力は、小学生タレントを超えるものでした。メタルファンなら、メタルを歌ったら面白いだろうという「思いつき」が生まれて当然です。折しも、バブル崩壊からおよそ20年が経過した東日本大震災の前年でした。

 やがて渋谷で生まれたアイデアは、中元すず香と、ふたりの「天使のような少女」として選ばれた水野由結(YUIMETAL)と菊地最愛(MOAMETAL)の3人のユニットとして実現されました。

 SU-METALが13歳、YUIMETALとMOAMETALは11歳。このユニットがヘビーメタルという音楽、赤と黒のゴスロリ風のファッション、3人が完全にシンクロした激しいダンスによって、「世界征服」を目指し、長い物語を編んでいくことになるのです。

なぜBABYMETALが渋谷で生まれたのか

 BABYMETALの誕生地はどこなのでしょうか。

 最初のライブは横浜。しかし、BABYMETALという発想、広島、神奈川、愛知県出身のアイドル志望の少女たちが出会う場、そして「アイドルを生み出していくビジネスモデル」とその需要基盤は渋谷です。

渋谷の街並み(画像:写真AC)



 渋谷は働く場所としての丸の内や霞ヶ関、そして都心の学校と住む場所として田園調布などの東横沿線をつなぐ乗り換えターミナルであり、そこに多様な不特定多数が集まる繁華街が形成されており、また戦後の若者文化を象徴する場でもあります。ここで、BABYMETALという発想が生まれ、それを実体化する異能な少女たちと関与者が出会ったのです。

ライブの物語を支える善悪二元論

 BABYMETALの魅力はライブコンサートにあります。

 会場では、ヘビーメタル特有のギターのひずみ音と爆音がとどろき、赤と黒のTシャツを着た参戦者(来場者)は、サークルモッシュ(ファンが渦を巻くように走り回る)を会場で描き、ジャンプし、BABYMETALを「崇め」ます。

 通常のライブのようなMCは演出としてありません。2019年の「METAL GALAXY WORLD TOUR」からアンコールが始まりましたが、それ以前はアンコールすらなく、メンバーが未成年だったのでおよそ90分以内に終演していました。

 ライブは、「章」と位置づけられ、2019年は「METAL RESISTANCE 第9章」でした。

 ライブではBABYMETALの壮大な抵抗と戦いのストーリーが語られ、その物語は「スター・ウォーズ」の世界を見立てています。原型は、黒澤明監督の「蜘蛛巣城」(1957年)にヒントを得たもの。背景にある思想は、世界で善と悪が戦うキリスト教以前の中東の古代ゾロアスター教的な善悪二元論です。ライブに参戦すれば、多くの人々がBABYMETALに取りつかれていきます。

BABYMETALを育んだ江戸御三家邸跡

 BABYMETALの「魔力」と「呪術性」は、このライブにあります。これを国内で完成させたのが、2014年の日本武道館(千代田区北の丸公園)、2016年の東京ドーム(文京区後楽)の単独コンサートです。このコンサートの成功が新たな飛躍への一里塚となりました。

 日本武道館は江戸後期、徳川御三家・御三卿の田安家邸跡で、現在でも皇居には「田安門」の名称が残っていますが、明治維新で新政府によって没収されました。その上に、日本武道館が建設されています。

日本武道館の外観(画像:写真AC)



 東京ドームは御三家の水戸藩の小石川藩邸跡で、同じように維新によって没収され、砲兵工廠(こうしょう)が建てられ、後に現在の東京ドームの前身である後楽園球場が建てられました。

 日本武道館と東京ドームはメジャーになったミュージシャンが歩む道ですが、BABYMETALには格別の地に見えます。

 それは両会場ともに、明治維新の敗者たちの跡ということです。東京は勝者の街に見えますが、視点を変えれば敗者たちの歴史を幾重にも織り込んだ都市です。BABYMETALはこの敗者たちを包み込み、敗者たちから力を得て世界に向かっているのです。

江戸と東京の敗者たち

 さてBABYMETALが生まれ、育まれた東京はどんな敗者の歴史を持っているのでしょうか。概略を振り返ってみましょう。

 東京は江戸以前、「坂東太郎」と呼ばれる利根川が氾濫する「日本の辺境」でした。現在でも、荒川周辺は大雨で浸水する危険をはらんでいます。

 最初に歴史を刻むのは、京都の朝廷・朱雀天皇に対抗した平将門です。将門は、陰謀によって朝廷の敵となり、討伐されました。その首塚が大手町の高層ビルの合間にあります。将門は東京の最初の敗者でした。

 やがて太田道灌が利根川の灌漑(かんがい)の先鞭(せんべん)をつけ、秀吉によって移封(いほう。江戸時代に行われた大名の配置替え)された徳川家康が、受け継いで大規模かんがいを行いました。

 そして徳川時代に、独自の江戸文化を生み出します。家康も秀吉に「左遷」させられた「安土桃山時代」の敗者ですが、およそ100万人を擁する江戸へ発展させました。

水から陸の都市へ変貌

 江戸は地下迷路のような「大伏樋(おおふせど)」を巡らし、上水道を完備し、水路によって物資を移動させる「海と水の都」となりました。

 そして盛んに埋め立てが行われ、現在の「日比谷壕(ごう)」は「日比谷入江」の名残となっています。そもそも江戸は海の入り江をさし、「江戸湊(みなと)」に由来しています。湊の入り「江」の「戸」のようなところの意味なのでしょう。

日比谷壕の様子(画像:(C)Google)



 しかし江戸の太平の眠りはペリーの砲艦外交によってさまされ、明治維新へと突き進みます。

 尊皇攘夷(じょうい)派と幕府軍との戦いを引き起こし、幕府軍に列した奥羽列藩同盟などの東北諸藩は敗者となりました。徳川御三家御三卿の屋敷はすべて没収され、政府の施設などになっていきます。

 そして水路の江戸は、鉄道、私鉄とバスによる陸の移動にとって変わられ、不特定多数の集まる渋谷のようなターミナル、働く都心と暮らす郊外のように土地利用が分化していきました。

 現在の環状道路は壕などの水路が埋め立てられ、陸路になった跡。第2次世界大戦では、日本そのものが敗者となりました。しかし、再び立ち上がり、経済大国に。そしてバブル崩壊によって、またもや「敗戦」し、「失われた」長い期間を経験することになります。

 東京は表層では勝者と権力者の住む、きらびやかな都市のように見えます。しかし深部は、歴史の敗者たちが折り込まれるように堆積しています。この敗者たちを包摂し、力にしているのがBABYMETALなのです。

BABYMETALの魔力の源泉~敗者たちの再挑戦

 BABYMETALは「魔力」や「呪術性」といった、不思議な力で人を迷わせる魅力を持っています。その力の源泉は、「3人の少女がヘビーメタルを武器に世界征服する」という物語への共感と支持です。

BABYMETALには「魔力」がある(画像:写真AC)



 BABYMETALには理念があります。その実現の道のりに共感し、共に苦しむという「共感共苦」の感情が生まれます。Mates(BABYMETALのファンの呼称)さんが投映するのは、「敗れしものたち」の「実現されなかった敗者の夢」なのです。

 ライブでの強烈な体験によって現れる、Matesさんたちの「業」。BABYMETALに頼り、それに憑(つ)かれるよりほかに自分を生かす道を知らなかった人たち。BABYMETALに憑かれる、人を惑わせる力はここに現れるます。「洗脳」ではなく、やむにやまれぬ感情を引き起こさせられます。こういうMatesさんたちが、BABYMETALの大きな力の源泉となっています。

 アルバムの年間販売数から推定すると、約10万人が中核を形成し、少なくとも20~30万人(ほぼ公式フォロワー数)がファン層として広がっています。ライブ会場での印象から、これらは次の4グループに分類できます。

・20~30代の男女層
・40~50代の男性層
・海外ファン
・50~60代の男性層

各グループは、自分の実現できなかった夢をそれぞれに投映しています。

 20~30代は単純にクールなものを追いかけており、BABYMETALには自分にない社会的評価を求めています。社会の敗者になることへの不安の代償から憧れを持っているのかもしれません。

ヘビーメタルファンの心理的な特徴

 40~50代は1990年代の青春期に、小室系やJ-POP系に飽き足らず、洋楽や日本のヘビーメタル(X JAPANなど)にのめり込んだ世代で、1950年代にイギリスやアメリカで誕生した若者の反抗としてロックに共感しています。ヘビーメタルは、ビジネスとして衰退期にあります。この破れしヘビーメタルと、鎮圧された若者の反乱を、なんとか持続したいという思いがありそうです。

ヘビーメタルで使われるギターのイメージ(画像:写真AC)



 海外ファン、主に欧米のファンは自己評価が低く、弱い個人で、BABYMETALが夢となっています。ウエストミンスター大学の心理学者V.スワミ氏によれば、ヘビーメタルのファンは、次の心理的な特徴を幾つか持っているといいます。

・好奇心が強い
・差異化意識が強い
・権力が嫌い
・自尊心の低さ

 つまり、「アイデンティティー」への強い関わりと「アイデンティティーの不在」です。社会属性としては男性、無宗教、ブルーワーカーや労働者階層である、とスワミ氏は分析しています。

 1960代の若者の登場と反乱によって成長したロックは次第に体制化し、それに飽き足らないミュージシャンが生んだのが、既成秩序への反抗としてのヘビーメタルです。自分の自信のなさを補い、アイデンティティーを獲得してきました。BABYMETALのファンがイギリスやドイツに多いのは、イギリスにはブルーワーカーが分厚く存在し、ドイツには弱い個人の英雄待望が根強くあるからと言えるでしょう。

 最後に、50~60代の1950年代以降生まれの世代です。

 彼らは団塊の世代に続き、バブル経済を支え、そして崩壊を現場で体験した世代で、断層の世代と呼ばれます。学生時代に洋楽しか聞かなかった人々も多く、メタル入門も「レッド・ツェッペリン」から。20~30代で、日本を「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と海外からおだてられ、そう信じていた世代です。

BABYMETALの危機を救った3人

 当時、東京の地価の合計は20倍の面積のアメリカ全土をふたつ分買えるまでに達していました。半導体、家電などのエレクトロニクスや自動車まで、世界のシェアを独占する勢いでした。

 そのビジネスの現場で、世界を目指して働いた人々が50~60代です。現在、日本の産業で世界をリードするものは自動車を除いてほぼありません。ものづくりでも、原料や部品に限られています。それゆえ、ビジネスでの敗者たちがBABYMETALに投映するのが「世界征服の夢」なのです。

 2020年2月のヨーロッパツアーはロシアを含めて17か所で行われ、約4万人以上を集客しました。このツアーをフォローしているMatesさんが少なからずおり、BABYMETALが「生きがい」となっています。

 多数存在するBABYMETALの「支援サイト」と動画がそれを物語ります。BABYMETALは、ただの紙キレが「お金」に姿態変換したように、人々を引きつける力を持ち、逆に、実体であるBABYMETALをも規制するまでになりました。

 2017~2018年はYUI-METALの欠場が続き、「ダークサイド」の期間を経て、YUI-METALは「永久欠番」に。2019年には元モーニング娘。の鞘(さや)師里保、元さくら学院の岡崎百々子、そして、さくら学院の藤平華乃のサポートおよび“アベンジャーズ”体制をとったこともあり、Matesさんたちはこの3人に感謝しています。

2019年6月28日、29日の2日間にわたって、横浜アリーナで行われた「BABYMETAL AWAKENS – THE SUN ALSO RISES -」の様子(画像:WOWOW)



 特に、3人体制が復活した始動ライブ「BABYMETAL AWAKENS – THE SUN ALSO RISES -」での初日の鞘師さんの登場は、衝撃を持って歓迎されました。その大きな振りと明るさは、類いまれな存在です。そして、アルバム「METAL GALAXY」を発表し、世界への進撃を続けています。現在この進撃は、新型コロナウイルスによって少々休止を迫られていますが、2020年の下期は「METAL RESISTANCE」の最終章と位置づけられています。

多種多様化が進む音楽市場でどう戦うのか

 しかし、世界征服の物語と目標はまだ達成されていません。

 Twitterのフォロワー数で比較してみると、アイドルグループの嵐が229万人、グラミー賞をとった18歳の「Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)」が394万人、2019年に国内で共演した「Bring Me The Horizon(ブリング・ミー・ザ・ホライズン)」が192万人。それに対して、BABYMETALは36万人です(数値は全て2020年3月22日時点)。

BABYMETALのTwitter(画像:Twitter)



 世界の音楽市場は約2兆円(2018年IFI調べ)で2桁成長が続き、ストリーミングと新興国での成長が著しく、若者がネットで音楽を聴くようになっています。

 特に無料のミュージックビデオや音楽配信は、市場のローカル性が強く出ています。アメリカ市場のラテン化の影響や音楽ジャンルの融合で、多種多様化が進んでおり、メタルというジャンルで差別化できる競争ではありません。

 この市場を、どう征服していくのか――。

 その目標として、5年内に最低300万人フォロワー、売り上げ300億円は必要ではないでしょうか。

・Billie Eilishのような心の闇や醜さを表現する「圧倒的な個性」とどう差別化するか
・ヘビーメタルの衰退をどうカバーするか
・世界最大のアメリカ市場をどう攻略するか
・ハードメディアとグッズ中心の品ぞろえからどう多角化するか
・ライブの強みを生かしたネット利用の収益モデルをどう構築するか
・世界を目指す組織をどうつくるか

など課題をあげれば枚挙にいとまがありません。しかし基本の原理は、BABYMETALの強みをどう生かすかです。

東京をプラットホームに世界征服へ

 答えは、東京にあります。

 勝者と敗者の歴史を幾重にも折りたたんだようなスーパーインポーズ(重畳)都市・東京での地盤を、ビジネスプラットホームとして組み込み、BABYMETALの世界征服の新たなビジネスモデルとしていくことが求められています。

 東京市場は、都市別の音楽市場では世界一。BABYMETALの市場地位が、世界の多種多様な音楽とのマッチング機能を果たせるに違いありません。

 現代の最高峰のヘビーメタルグループであるBring Me The HorizonがBABYMETALと組み、スウェーデンのメタルバンドの「Sabaton(サバトン)」のヨアキムが協力してくれるのは、BABYMETALの基盤である東京市場の魅力にあります。

 世界中のレストランが東京に進出し、パリよりも多い三つ星レストランを誇るのと同じです。サバトンは、BABYMETALを通じて日本で知られるようになり、BABYMETALもスウェーデンに参入の布石を打つことができるのです。

東京の街並み(画像:写真AC)



 BABYMETALは東京をプラットホームにしながら世界の音楽を日本に紹介し、それを通じて自分たちの音楽を世界に発信すれば、分解しつつあるヘビーメタルを進化させることも可能です。東京からの世界征服、「BABYMETAL文化」の普及を願っています。

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