「若者の街」の玄関口に満を持してオープン
東京都内で最も古い木造駅舎として親しまれてきたJR原宿駅が東京オリンピック・パラリンピック開催を前に建て替えられ、2020年3月21日(土)、新駅舎の供用が開始しました。
壁面にガラス材を多用した新駅舎の2階には、大型カフェも同日オープン。東京で15店舗目となるコーヒー界のサードウェーブ、「猿田彦珈琲」(渋谷区恵比寿)です。
約84坪・約120席という大規模店は、同社にとって23区内で初めて。満を持しての原宿店は、店内にもメニューにもさまざまな工夫が凝らされています。
JR原宿駅の新駅舎にオープンした「猿田彦珈琲」(2020年3月19日、遠藤綾乃撮影)
例えば「日本の路地」というコンセプト。洗練されたデザインの店内で際立つのは、民家の庭先に置かれたような畳敷きの縁台と、凛(りん)とした風情をかもす松の盆栽です。店内を見渡せば、使い込まれた味わいのある和家具も随所に配置されています。
見上げると、天井は日本建築を思わせる低めの造り。照明はやや落とされているものの、自然光が差し込む小ぶりの吹き抜けからの明るさによって、まるで入り組んだ住宅地の裏路地でふと空を仰ぎ見たときのような懐かしさを覚えます。
裏路地で立ち止まり、耳を澄ませたような感覚
心地よい音量で流れるBGMは、聞き覚えのある洋楽・邦楽の有名曲と、鳥の鳴き声や波の音、誰かのささやき声といった効果音。異なる音のランダムな混じり合いが呼び起こすのは、路地裏で立ち止まり周囲の音に耳を澄ませたような感覚。
畳敷きの縁台や松の盆栽が目を引く店内(画像:猿田彦珈琲)
奥へと進むと、全面ガラス張りの窓が取り込む明かりで店内は一気に明るくなります。カウンター席やテーブル席が並ぶなか、ひときわ目を引くのはフロア中央に位置する畳敷きの縁側のようなスペース。背もたれの障子と相まって、「日本の路地」という印象をいっそう高めているようです。
コーヒー、スイーツ、軽食にもこだわり
原宿店のオープンに合わせて立ち上げた新たなコーヒーコレクション「The Bridge」、その看板メニューとなるのが「猿田彦の夜明け」(税抜き900円)です。パナマ、コスタリカ、エチオピア、グアテマラ産の個性豊かな4種の豆を、深みと奥行きのあるひとつの味にまとめ上げました。
さらに、コーヒーの生豆をウイスキーのたるで熟成させた「バレルエイジド シングルオリジン」(時価)や、原宿駅の駅長・駅員たちと共同で開発したオリジナルコーヒー「原宿ブレンド」など、豊富なラインアップ。
有名ブランドとコラボレーションしたマグカップやジャー、バッグなど、つい手が伸びそうなオリジナルグッズも多彩。コーヒーのお供に欠かせない和洋を問わないスイーツやパンなどの軽食、同店オリジナルの人気アイスクリームも用意されています。
1杯ずつ丁寧に入れるコーヒー(画像:猿田彦珈琲)
さて、原宿といえば、言わずと知れた東京を代表する「若者の街」。
この街の新たな玄関口であるJR新駅、そのエキナカにオープンしたカフェが、スターバックスでも、タピオカが看板メニューの有名ティースタンド「THE ALLEY(ジ アレイ)」でもなく「猿田彦珈琲」だった必然性は、いったいどんなところにあるのでしょうか。
「カウンター的存在」から表舞台へ
スターバックスは1996(平成8)年8月、銀座に第1号店をオープンさせました。それまでにないスタイリッシュなムードと多彩なメニューが支持されて、今や東京都内に357店を展開。どの駅でも必ず見かける巨大チェーンへと成長を遂げています。
2019年、若者を中心に巨大ブームを巻き起こしたタピオカドリンク、その先導役を果たしたジアレイは、都内に現在21店。規模感ではスターバックスに及びませんが、若者層への浸透度合いでは定番ショップのひとつに数えられる躍進を見せました。
一方の猿田彦珈琲は、今回の原宿店を合わせて都内15店。スケール面や知名度で圧倒する先述の2店と比べると、決して派手さがあるわけではありません。そうした意味で新生・JR原宿駅への出店は、いわば「大抜てき」だったと言えるのではないしょうか。
同社の大塚朝之(ともゆき)社長は今回の原宿進出について、「コーヒーを真面目に丁寧に入れるという商売哲学や、『人と人とをつなぎたい』という当社のコンセプトが(JR東日本側に)評価されたのではないでしょうか」と分析します。
自然光をぜいたくに取り込む広々とした店内(画像:猿田彦珈琲)
コーヒー業界にはこれまで、三つの潮流があったとされています。
まず第1の波、ファーストウェーブは19世紀後半から1960年代。コーヒーが大量に生産された日常に溶け込むポピュラーな飲み物へと成長した時代です。
続く第2波、セカンドウェーブは1960年代以降、味へのこだわりを追求したコーヒーチェーンが台頭し、ロゴマークの入った紙コップがおしゃれなアイコンとして消費されるようになった時代を指します。
そしてここ数年来、コーヒー好きの間で注目を集めるようになったのがサードウェーブと呼ばれる新顔たち。コーヒーの生産地や豆、入れ方など細部まで追求し、ハンドドリップで1杯ずつ丁寧に入れるスタイルが現代の価値観に合い、支持を得るようになりました。
日本のコーヒー業界で、いわば「カウンター的存在」であるサードウェーブの一翼を担ってきたのが、2011年開業の猿田彦珈琲です。
メジャーシーンだからできること
かつて真新しさやおしゃれさの代名詞的存在だったスターバックスが巨大かつ定番のチェーンへと変貌した今、あえて猿田彦珈琲を選んだJR東日本のチョイスには、今後の原宿をどのような駅、街に位置付けたいかという狙いが垣間見える気がします。
「ただ、『サードウェーブ』であり続けるということには、当然良しあしの両面があります」と大塚社長。
「音楽で例えるなら、50~100人規模の小さなライブハウスでやるから支持してくれるファンがいる半面、5000~1万人を集めるメジャーシーンに立ってこそ伝えられるものもある。それは例えば、私たちが大切にしてきたコーヒー豆の産地への貢献なども、そのひとつです」(大塚社長)
レジの横にはオリジナルのスイーツやサンドイッチ(2020年3月19日、遠藤綾乃撮影)
「これまでの商売哲学を守りつつも、次の新たな挑戦をこの原宿店からスタートさせたいと考えています」(同)
既存コーヒーショップに対する「カウンター的存在」だった猿田彦珈琲は、原宿駅への出店を機に新たなステージへ踏み出すようです。その挑戦は、東京を代表する「若者の街」にまた新たな側面を付け加えることになるかもしれません。