汐留にあったブロックビル「中銀カプセルタワー」ついに見納め――建物自体が「世界に散らばる」ってどういうこと?

4月12日に解体が始まった、独特の外観で親しまれた汐留の「中銀カプセルタワービル」。その歴史と今後について、都市商業研究所の若杉優貴さんが解説します。


汐留にあった「近未来」、半世紀の歴史に幕

 今年4月12日、汐留の街では多くの人が立ち止まり、ある建物を見上げていました。

ついに解体が始まった中銀カプセルタワービル。その特徴的な外観に目を奪われた人も多いはず(2022年4月撮影)




 その建物の名は「中銀カプセルタワービル」。ブロックを積み上げたような独特な外観は、さまざまな形の超高層ビルが建ち並ぶ汐留エリアの中でもひときわ目を引く存在でしたが、老朽化のため、4月12日より解体が開始されています。
 この中銀カプセルタワービルとは、一体どういった建物で、また、跡地はどう活用されるのでしょうか。

カプセルは「新陳代謝する分譲マンション」だった

「中銀カプセルタワービル」は名建築家・黒川紀章の設計により1970年に着工、1972年に完成したもので、実はこの四角いカプセルは一つ一つが分譲マンション「中銀カプセルタワーマンシオン」の一室。ちなみに「中銀(なかぎん)」は「中銀座」に由来しており、東京メトロ銀座駅・東銀座駅や新橋駅からも徒歩数分という好立地でした。
 建物は11階建てと13階建てのツインタワーで、このタワー部分に140個の居住カプセルを設置。面積僅か10平方メートルのカプセル内には、当時としては最新設備であったユニットバスも設置されていました。また、1~2階はオフィス・商業ゾーンや駐車場となっており、末期には長らく、コンビニエンスストア「ポプラ」が出店。かつては喫茶店なども入居していたといいます。
 個性的な外観もさることながら、この建物の一番の特徴は「居住カプセルが老朽化した再には新しいカプセルへと交換することができる」ということ。これは、建築が都市の新陳代謝に対応するという「メタボリズム」の考えに基づいたもので、メタボリズム建築の代表作として知られましたが、実際にカプセルが交換されることは一度もなく、近年は建物の老朽化が深刻に。改修保存案が検討されたものの、アスベスト問題などもあり、結局解体されることになりました。

汐留の陸橋上から見たカプセルタワー全景。手前を走るのは東京高速道路と都道316号・海岸通り(2016年12月撮影)

 解体開始となった4月12日は朝から、多くの人が建物の前で足を止めて、写真に収めていました。
銀座でデザイン関係の仕事に就いていたという80代の女性は「毎日前を通ってて、一度は住みたいと思っていたのに…解体って聞いたから飛んできちゃった」と感慨深げな様子。中には「八戸の百貨店の閉店を見届けた後に立ち寄った」という大阪府に住む男性のように、遠くから駆け付けた人も見られました。

世界各地に「散らばっていく」カプセルたち


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