家庭にも学校にも居場所がなかった……欲しかったのは「無理してしゃべらなくてもいい空間」【連載】東京・居場所さがし(2)

約1400万人もの人が住んでいるのに、ほとんど交わることのない東京は「孤独」を感じやすい街といえるでしょう。たったひとり暮らす大都会で、どうすれば自分の居場所を見つけられるのか。漫画家でイラストレーターのいしいまきさんが「アラフォー・脱ひとりぼっち」の方法を模索します。


「今いる場所」が「自分の居場所」とは限らない

 そもそも居場所ってなんなのでしょうか。これは、1年半前に鹿児島からひとり上京した私(いしいまき。漫画家、イラストレーター)だけでなく、大都会・東京で暮らす多くの人にとって重要なテーマなのではないかと思います。

 私たちの多くは生まれるとまず「家庭」という環境が与えられます。その後、「家庭」と平行しながら自然と「学校」から「職場」というふうに移行し、その身を置きつづけることが多いでしょう。

 ここで勘違いしてはいけないのは、必ずしも「今自分が存在している環境 = 自分の居場所」ではない、ということです。居場所とは、本来の自分でのびのびと過ごせる場所だと思うからです。

 家族と過ごすことが居心地いい場合は「家庭」が居場所になり、友達、先生、会社の仲間と過ごすことが居心地いい場合は「学校」「職場」が居場所になるでしょう。はたまた「部活」「塾」「習い事」などに居場所を見つける人もいるかもしれません。

 このような人生のレールに自然発生的に存在する環境が「居場所」となる人はラッキーです。一概には言えませんがそういった環境は、協調性があり、明るく、コミュニケーション能力がある人に向いた居場所のように思えるからです。それゆえに、世間からはしばしば「ここで居場所を見つけられないなんて普通ではない」かのような風潮、圧を感じることがあります。

家庭にも学校にも「自分の居場所」を見つけられなかった(いしいまきさん制作)



 けれど、幼い頃から家庭になんとなく居心地の悪さを感じたり、学校では閉塞(へいそく)感にさいなまれたり。そして「環境に適応できないとダメな人間なのではないか」と自分を責め、ときに心を病んでしまうことも……。そうした苦い経験をした人は、きっと私だけではないはずだと思います。

 ただ今となって思うのは、居場所は「自分で探し、選ぶもの」だということです。

居場所とは「自分で探し、選ぶもの」

 私が子どものころは、自分で居場所を探すことなんて思いつきもしませんでした。与えられた環境こそ全てだと思っていましたから。そういう人は意外と多いのではないでしょうか。

 しかし、今はそのときに比べてネットと会員制交流サイト(SNS)環境がすさまじく発達し、「居場所探し」がしやすくなりました。

 私自身、成人し漫画家になってから、鹿児島から東京へ遊びに行く際、ツイッターで気になる作家さんに声をかけて漫画家ランチ会を開いて交流を深めたりしていました(今は、多くの友だちが結婚し子育てに忙しそうなので会はお休みしていますが、機会があったら復活したいと思っています)。

 2018年8月に上京した後には、「隠居生活」の活動を本に書いてらっしゃる著述家・大原扁理(おおはら・へんり)さんのツイッターで、ライター・鶴見済(つるみ・わたる)さん主催の「不適応者の居場所」という集まりがあることを知りました。

 どんな集まりなのか、鶴見さんのブログ記事より引用します。

※ ※ ※

やること:飲食をしながら話す。話さなくても可(話すのが苦手な人も多いです)。

費用:会場代、ビーガンの料理とスイーツのケータリング代、飲み物代(アルコールを含む)の費用約3万円をカンパで賄いたい。

注意:ハラスメントや勧誘など、「お互い様」の原則に反する行為はしないでください。お互い様で成り立つ相互扶助の会であって、支援活動ではありません。

目的:ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、心の病、社内ぼっち等々、様々な理由でつながりをなくしがちな人がつながりを作る。』というものです。(以上、鶴見さんの2020年1月6日のブログ記事より)

※ ※ ※

 そもそも名前が魅力的ではありませんか。「不適応者の居場所」って。誰でも受け入れてくれそうな懐の深さやゆるさを感じます。これにピンときた私は思い切って参加してみることにしました。

 2019年の某日、ドキドキしながら杉並区・高円寺の会場に足を運ぶと、そこには老若男女20人くらいの人が何組かの車座になって会話をしていました。

ただ誰かといるだけで、孤独が癒えることもある

 主催者でライターの鶴見さんは著作もたくさん出していて(『完全自殺マニュアル』『檻のなかのダンス』『脱資本主義宣言』『0円で生きる』などなど)、カリスマ的な人気があります。ですので鶴見さんに会いにきたファンの人もいらっしゃいました。

 なかには大阪や長野などの遠方から来ている人もいて「このような集まりは自分の地元ではやってないので……」と言っていたのが印象的でした。ほっと心休まる居場所を誰しも求めているのでしょう。

 さて、私はコミュニケーション能力が豊かな人ではないため、会場に入ってもどのグループに入っていったらよいかや、会話に入るタイミングなどが分からず、まごまごしてしまいました。

 でも、いいのです。しゃべらなくたって。ただ人のいる場所でがやがや会話を聞いているだけでも、孤独な心が癒やされることもあるでしょう。この集まりには東京でありがちな「キラキラ異業種交流会」のような「会話をする圧」のようなものはありません。

 自己紹介タイムもありますがパスすることもできます。ただ、会話ができると「情報交換」ができるのでとても有意義ではあると思います。例えば発達障害の人の就労に関する情報交換や、精神障害の手帳の取り方、引きこもりの人の集まりの情報など活発に情報交換が行われていました。

 月に1回行っているので回を追うごとに顔見知りも増え、会話も少しずつ増えていくと思います。私自身その後も数回参加しましたが、毎回ボールが跳ねるように予想のつかない会話が展開されていくことを楽しんでいます。

ひとりでは実現しなかったかもしれない、友人・知人とのお花見(いしいまきさん制作)



 ちなみに特によかったのがお花見の回。私のようにお花見に憧れつつも参加する機会のないまま桜が散ってしまう人間からすると、とてもありがたい回でした。日の光を浴びながらみんなで食べたり飲んだりしゃべったりすることは、心の健康に非常にいいと感じます。

 現在この「不適応者の居場所」は集まり開始から1年以上が過ぎ、人気で時間帯によっては人があふれてしまうこともあるようです。この東京で「居場所」を求めている人はこんなにも多いんだと、あらためて感じさせられるお話でした。

 居場所 = 「自分自身で探し、選ぶもの」という定義を自分のなかに掲げて、アラフォー居場所探しはまだまだ続きます。


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