なぜ渋谷には「車椅子の人」がいないのか? 分身ロボット開発者が突きつける「孤独」という名の社会病理

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なぜ渋谷には「車椅子の人」がいないのか? 分身ロボット開発者が突きつける「孤独」という名の社会病理

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障害で外出困難な人たちがロボットを使ってカフェの店員として働く、「分身ロボットカフェDAWN Ver.β」をアーバンライフメトロ編集部が訪問。そこで学んだものとは。

外出困難な人たちが遠隔でカフェの店員に

 難病や重度障害で外出困難な人たちが自身の代わりとなるロボットを遠隔操作し、店員として働くカフェがあります。しかも場所は、渋谷のスクランブル交差点の目の前。一体どんなカフェなのでしょうか。

 カフェの名前は「分身ロボットカフェDAWN Ver.β(ドーン・バージョン・ベータ)」。2020年1月16日(木)から1月24日(金)までの期間限定で、スクランブル交差点の目の前にある渋谷「QFRONT」(渋谷区宇田川町)7階のブック&カフェ「WIRED TOKYO 1999」内でオープンしています。

 オリィ研究所(港区芝)が開発を手掛ける分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」が、カフェのサービススタッフとして実際に働く試み。分身ロボットカフェを使った取り組み自体は、これまで日本財団ビル(港区赤坂)や「3×3 Lab Future」(千代田区大手町)など、クローズドな条件で実験的に行われてきました。

 今回は渋谷スクランブル交差点の目の前にあるカフェで、より大勢の人たちや渋谷の若者に開かれた格好となっています。

プレス体験会で登壇するオリィ研究所共同創設者 代表取締役所長の吉藤オリィさん(画像:アーバンライフメトロ編集部)



 1月16日(木)に行われたプレス向け体験会では、オリィ研究所の共同創設者 代表取締役所長、吉藤オリィさんが開催意図を説明。自身も体が弱く3年半の不登校を経験し、“孤独の解消”の必要性を強く感じてきたといいます。テクノロジーによって孤独の要因となる「移動」「対話」「役割」の障害を取り除くことを目指し、「OriHime」の開発を進めてきました。

「身体至上主義」が孤独を助長する

 吉藤さんは、現在のあらゆるサービスやお店などは人間の体が元気に動くことを前提に作られている「身体至上主義」だと指摘します。しかし、外出困難は心身の障害のみならず、高齢化や物理的な距離感など、さまざまな事情によって起こります。

「自分たちが寝たきりになったとき、どのように孤独にならずに生きて行けばいいか。乙武さんやれいわ新選組の木村英子参院議員など、障害者の希望の星は増えてきましたが、誰もが彼らのようになれるわけではありません。今、『パイロット』として働いてくれている人たちは、寝たきりの患者ではなく寝たきりの先輩として、生き方や働き方のモデルを見せています」(吉藤さん)

 吉藤さんが「パイロット」と呼ぶのは、「OriHime」を操作する人たちのこと。主に筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脊髄性筋萎縮症(SMA)、血液がん、呼吸障害、といったさまざまな事情で外出困難な人たちです。

「分身ロボットカフェDAWN Ver.β」は、各テーブルに配置された手のひらサイズの分身ロボット「OriHime」が注文を受けて、店舗に送信。人間のスタッフが用意した飲み物や食べ物を全長約120cmの「OriHime-D」が各テーブルまで配膳します。手や首の動き、移動も自分たちで操作しているそう。

飲み物を配膳する「OriHime-D」。おぼんにたくさんの飲み物が乗っていても安定感がある。会話も楽しめる。(画像:アーバンライフメトロ編集部)



 ロボットにはカメラ、マイク、スピーカーが搭載されており、客側はパイロットの声のみが聞けますが、パイロットには客側の様子が見えるようになっています。また目が見えなくても指先だけで簡単に操作できたり、目しか動かなくても視線入力で文字を入力して読み上げられたりと、簡素化と自動化を実現したテクノロジーを使用。どんな人でも働くことができるだけでなく、客側もしっかりとサービスを享受できます。

実際に分身ロボットカフェを体験

 実際に席に着いて体験することに。筆者たちのテーブル担当は、日常レベルの生活に著しい制限がある筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)を患う「あかねちゃん」です。自己紹介と注文を受けた後は、自由にあかねちゃんとおしゃべりできます。

 あかねちゃんは秋田市の自宅にいながら、電動ベッドを起こした状態でパソコンの画面を使って操作しているそう。大学卒業後、すぐに病気が発症したため働いたことがないので、働けてとてもうれしいと言います。病気のことや秋田の食べ物のこと、「OriHime」を使ってパイロットたちと遠隔サッカーをしたことなどを気軽に話してくれました。高知県のみかん農家から「みかんの収穫ではひとりで孤独だから」ということで、話し相手として呼ばれたこともあるんだとか。

席に着くと自己紹介をして注文を取ってくれる「OriHime」。パイロットはあかねちゃん(画像:アーバンライフメトロ編集部)



 あかねちゃんと話していてまず驚くのが、そのクリアな音声。実際にそこにいるかのようです。また隣にある画面にはあかねちゃんが随時写真を表示しながら話してくれるので、リアルタイムに同じ時間を共有している実感も強く感じました。

 また最後に、筆者だけがひとりテーブルに残った際には「静かにコーヒーを楽しまれたいなら、私は黙っていますので」と気遣ってくれました。

「あれ、本来あかねちゃんを気遣い、手を差し伸べるべきなのは筆者では……? いや、このお店ではお客さんと店員なのだし、そもそも私たちは障害の有無は関係なく人間としてフラットな関係だ。どちらも店員になり得るし、どちらもお客さんになり得る……」

と、自分の価値観や考えが揺らいでいくのがわかりました。

 単なる飲食サービスとしてではなく、パイロットとの出会いによって新しい知見やコミュニケーションを得られる価値がそこにはありました。

 なお、パイロットとは連絡先交換も自由なんだとか。お互いの出会いを推奨し、そこから新たな仕事やプロジェクトなどへ花開いてほしいという願いがあるためだそうです。

なぜ、渋谷の街には車椅子の人がいないのか

 吉藤さんに渋谷という場所を選んだ理由について改めて話を聞くと、「必要性の可視化のため」と話してくれました。

「渋谷で、車椅子の人やALS患者って見ませんよね。そうすると、渋谷によく行く人は『そんな人たちはこの世にいない』と思います。だって見たことがないから。でも渋谷のような街でパイロットと出会えば、その存在を知り、当事者意識が芽生えるかもしれません。障害や孤独、社会参加について考え、何が必要なのかを考えるきっかけになるかもしれません。そしてパイロットたちが『遠隔操作ではなく、実際に渋谷に行きたい!』とどんどん集まれば、必然的にバリアフリーの必要性が高まり、渋谷の街がもっとバリアフリー化していくかもしれないですよね」(吉藤さん)

 実際にパイロットからは、「渋谷のカフェで働けるなんておしゃれでうれしい」という声も多いと言います。あかねちゃんもカメラから店内を眺め、「このカフェも行き交う人もおしゃれだから、テンションが上がります」と言っていました。

「WIRED TOKYO 1999」入り口では、案内役の「OriHime」と「OriHime-D」がお出迎え。こちらもパイロットが操作している(画像:アーバンライフメトロ編集部)



 街の持つブランド力がパイロットたちの働くモチベーションにつながっていることを見ても、渋谷でこうした取り組みが行われることはとても大きな意義があるでしょう。

「分身ロボットカフェDAWN Ver.β」への参加は予約制。空きがある場合には、当日入場も受け付けているそうです。この機会にぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか。

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