「#年賀状スルー」のご時世に、なぜか「市川海老蔵の年賀はがき」が売れている理由

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「#年賀状スルー」のご時世に、なぜか「市川海老蔵の年賀はがき」が売れている理由

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ツイッターなどSNSで「#年賀状スルー」というハッシュタグが広まり、発行枚数も年々減少している年賀状。先細り感が否めないご時世に、市川海老蔵さんの年賀状はよく売れているそうなのです。一体なぜなのでしょうか。

令和元年、年賀状の発行枚数は最低を更新

「#年賀状スルー」というハッシュタグが今、ツイッターなどのSNS上で広がりを見せています。「私は2020年の年賀状を出しません」という意思を表すもので、「1枚63円は高い」「手間と時間がかかり過ぎる」「LINEかメールで問題なくない?」といったつぶやきがタグとともにいくつもヒットします。

 この動きは個人にとどまらず、民間企業でも顧客や取引先への年賀状を「年賀メール」やウェブサイトでのあいさつに切り替える動きが。例えば墨田区内のある企業では、自社ウェブサイト上に2019年1月1日付で「弊社では今年度より年賀状によるご挨拶を控えさせていただくことに致しました」という告知文を掲載していました。

 日本郵便の発表によると、2020年用の年賀状の発行枚数は23億5000枚と過去最少を記録。ピークだった2004(平成16)年用(44億5936万枚)の半分近くにまで落ち込んでいます。

 朝日新聞が報道した自社の電話世論調査(2019年12月21、22日実施)では、2020年用の年賀状を「出さない」と答えた人の割合は全体の33%。年代別では18~29歳が57%と最も高く、30代・40代が35%、50代以上でも50代27%、60代23%、70歳以上28%と、各世代で「出さない」人の割合が以前より高まっている傾向が見て取れます。

 時代とともに少しずつ廃れゆくかのように見える年賀状。しかし、その流れに逆行するように今、歌舞伎俳優・市川海老蔵さんの年賀はがきセットが順調に売れているそうなのです。海老蔵さんの年賀状だけが、一体なぜ……? 理由を尋ねに行きました。

東京中央郵便局内にあるポストに、年賀状を投函する人たち(2019年12月25日、遠藤綾乃撮影)



 年越しを6日後に控えた2019年12月25日(水)、JR東京駅丸の内口前にある日本郵政の商業施設KITTE(千代田区丸の内)1階。昼時の東京中央郵便局には特設の年賀状売り場が設けられ、年賀状を買い求める人たちが列を作っていました。

 無地タイプから有名キャラクターがプリントされたものまで数十種類の年賀状が並ぶなか、ひときわ目を引くのは真っ赤な専用台紙に「市川海老蔵」と黄色の筆文字で描かれた年賀はがきセット。正式名称は「市川海老蔵 二〇二〇年 十三代目 市川團十郎白猿 襲名 記念年賀はがきセット」(5枚入り、税込1900円)です。

一体、誰がそんなに買っているのか?

 その名が示す通りこのセットは、海老蔵さんが2020年5月に十三代目市川團十郎を襲名するのを記念して作られたもの。

 5枚のデザインはそれぞれ、歌舞伎で一番の見どころとなる見得(みえ)のひとつ「にらみ」を決める海老蔵さん、成田屋のお家芸「歌舞伎十八番」の演目を演じる海老蔵さん、オペラと能楽のエッセンスを加えた新感覚の「源氏物語」を演じる海老蔵さん……と、海老蔵ファンにとってはおそらく垂涎(すいぜん)の仕上がりです。

 それにしても現在の売れ行きは、発売当初(11月)に想定した150%ほどを記録していると言い、日本郵便とともに本品を企画したENGAWA(新宿区新宿)社長の牛山隆信さんも、少々驚いている様子。

「十一代目市川海老蔵を名乗る最後の海老蔵さんの年賀はがきとあって、生粋の歌舞伎ファン以外の層も記念に購入しているものとみられます。それに、歌舞伎という日本の伝統芸能が持つ荘厳な雰囲気が、『年賀状』という正月を飾るアイテムとうまくマッチしたのというのもあるのかもしれません。また、2020年には東京オリンピック・パラリンピックが控えていますし、日本文化があらためて注目されているというのも、あるのではないでしょうか」(牛山さん)

と、好調の理由をいろいろ分析してはいるそうですが、やはり実際のところは購入した人自身でなければ分かりません。

海老蔵さんの十三代目團十郎襲名を記念して発売された年賀はがきセット(2019年12月25日、遠藤綾乃撮影)



 東京中央郵便局の年賀状売り場には海老蔵年賀はがきポスターが掲示されていて、行き交う人たちは足を止め「あら、海老蔵さんの年賀状なんて売ってるのね」などと商品を手に取り眺めていきます。

 埼玉県から来たという82歳の女性は「海老蔵さん素敵だから(商品が)目に留まりました。歌舞伎好きの知人に送ったら喜ばれそうね。(團十郎襲名は)たった一度きりのことですし、きっと記念になるわ」。

 この日は2時間売り場にいて、残念ながら実際の購入者には巡り合えませんでしたが、特設年賀状売り場を担当する女性職員に話を聞くと「女性のお客さんが多いですが、年配の男性も結構買っていきますよ。人気が高くて在庫が少なくなっています」とのことでした。

 海老蔵さんといえば、自身のブログ(アメブロ)をたびたび更新することでも有名。アメブロ内の総合ランキングで殿堂入りを果たすほどの発信力を持っていて、年賀はがきセットの販売を知らせる2019年12月2日(月)の投稿には「さっそく買いました!」といったファンのコメントも多数寄せられていました。

 ちなみにフリマアプリ「メルカリ」ではすでに、定価よりも高い2500円前後で転売されているのが散見されました。なお、本品の定価は税込1900円です。

「#年賀状スルーしない」人たちも

 ところで、本品発売の契機ともなった肝心の「團十郎襲名」ですが、これは歌舞伎界にとってどれほどインパクトのある出来事なのでしょうか。

『玉三郎 勘三郎 海老蔵 平成歌舞伎三十年史』(文春新書)、『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』(毎日新聞出版)などの著書を持つ評論家の中川右介さんに尋ねてみたところ、
「2012年の十二代目の死去以来、7年ぶりの團十郎復活によって、歌舞伎に『秩序』が戻ってきます。何せ元禄時代から、江戸の歌舞伎は市川團十郎を中心に、團十郎を頂点に置くことで成立していた世界ですから」

と力説してくれました。

「どんなに突飛なことでもできるのが團十郎という立場です。『團十郎がやることが新たな正統となる』というのが、歌舞伎界の伝統。ですから十三代目の誕生は、文字通り新時代の到来と言えます。若い團十郎、強い團十郎、美しい團十郎の誕生によって、さまざまな変化が生まれるでしょう。海老蔵時代から取り組んでいる古典のリニューアルも、さらに進むのではないでしょうか。同世代の松本幸四郎、尾上菊之助、市川猿之助たちとの競争も激しくなるはずで、歌舞伎界全体の活性化も期待されるところです」(中川さん)

 海老蔵年賀はがきを記念買いしたライト層が、これを機に歌舞伎の観劇へと足を運び、その魅力に目覚め、新たなファンとして定着するということも、あるかもしれません。

 中川さんには記念はがきセットの感想も尋ねてみましたが、「『弁慶』がないのが残念」とのことでした。

東京中央郵便局内の特設年賀状売り場には、平日昼間にもかかわらず行列ができていた(2019年12月25日、遠藤綾乃撮影)



 思わぬ形で再び存在感を示す形となった年賀状。発行枚数の減少が続くなか訪れた光明に、日本郵便も期待を寄せています。

 あらためてツイッターを開いてみると、「#年賀状スルー」に対抗するように「#年賀状スルーしない」というタグも、わずかではあるものの、つぶやかれていました。

 そして、こんな書き込みも。

「1年に1回なんだから、あいさつくらいしないとね」

「年賀状は、年1回相手を思いやる時間」

「忘年会スルーとか年賀状スルーとか、人と人との付き合いが面倒みたいにされて無くなっていくのは、ちょっと寂しいな」……

 2019年も残すところあと5日とちょっとです。あなたは、年賀状を書きますか? お世話になった人、親愛なる人、しばらく会っていないあの人に、どんな形で「2020年もどうぞよろしく」の思いを伝えますか?

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