80~90年代のクリスマスソングは、なぜ私たちの胸を強く締め付けるのか?

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80~90年代のクリスマスソングは、なぜ私たちの胸を強く締め付けるのか?

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太田省一

社会学者、著述家

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今も歌い継がれるクリスマス定番ソングの数々。そこに映し出される当時の東京や日本の風景、若者たちの恋愛模様について、社会学者の太田省一さんがロマンチックに語ります。

「クリスマス・イブ」34年にわたる超ロングヒット

 クリスマスに、クリスマスソングはつきもの。そしてクリスマスソングは、印象的なCMやドラマによっていっそう記憶に残るものになります。ここではクリスマスソングが次々と大ヒットとなった1980年代後半から1990年代前半に話を絞って、そこに映し出された東京やそこに生きる若者たちの姿を見ていきたいと思います。

 つい先日、こんなニュースがありました。山下達郎「クリスマス・イブ」(1983年発売)が2019年12月23日付オリコン週間シングルランキングで17位となり、1987(昭和62)年以来続いている週間トップ100入り記録を34年に更新したというものです。

「クリスマス・イブ」がここまでのロングセラーになったきっかけは、1988年から1992(平成4)年にかけて制作されたJR東海「クリスマス・エクスプレス」のCM音楽になったことでした。遠距離恋愛のカップルを描いたこの連作CMは大変な評判になり、「クリスマス・イブ」もクリスマスの定番中の定番曲となりました。

 なかでも有名なのは、牧瀬里穂が出演した1989年のバージョンでしょう。

「日本映画専門チャンネル」で特集が組まれるほど人気のJR東海「クリスマス・エクスプレス」CM集(画像:東海旅客鉄道、日本映画専門チャンネルホームページ)



 彼が東京から戻ってくるのでしょうか。プレゼントを抱えながら、新幹線の改札へと息を切らしながら急ぐ牧瀬里穂。ようやく間に合い、改札を通る彼の姿を見つけます。しかし彼女は駆け寄ることなく、近くの柱の陰に隠れます。彼を驚かそうとしたのです。目をつぶり、深呼吸をする牧瀬里穂から思わずこぼれる笑み。うれしさとドキドキ感がこちらまで伝わってくるようです。

 時はバブル。クリスマスといえば恋愛中のカップルが主役という時代の到来でした。東京などでは、クリスマスのために1年前から高級ホテルを予約するのが当たり前とまで言われていました。「クリスマス・イブ」は、松任谷由実「恋人がサンタクロース」(1980年発売)と並び、そんな時代の代表曲と言えます。

映像世界との融合が音楽に宿した、より深い物語性

 ただ「クリスマス・イブ」という歌自体は、決してハッピーなものではありません。むしろ逆です。「きっと君は来ない ひとりきりのクリスマス・イブ」と叶わぬ恋の心境が綴られた詞からは、山下達郎の透き通るようなハイトーンも相まって、なんとも言えない寂しさが感じられます。

 同じことは、これも大ヒットした辛島美登里「サイレント・イヴ」(1990年発売)にも当てはまります。

 この曲は、仙道敦子と吉田栄作が主演したドラマ『クリスマス・イヴ』(TBSテレビ系)の主題歌でした。

1990年にTBSテレビ系で放送されたドラマ『クリスマス・イヴ』(画像:TBSテレビホームページ)



 都内にある大手都市銀行の支店でともに働く、仙道が演じる一般職の女性と吉田が演じる総合職の男性との恋愛模様が描かれています。ふたりはクリスマス・イブに出会うのですが、その場所がオーストラリアのリゾートというのがいかにもバブルです。

 交際するうちにふたりの間にすれ違いも生まれますが、結局1年後のクリスマス・イブをきっかけに互いの気持ちを確かめ合います。つまり、ハッピーエンドです。

 それに対し、辛島美登里の「サイレント・イヴ」は、「クリスマス・イブ」と同じく失恋ソングです。歌のなかの女性は、「さようならを決めたことは けっしてあなたのためじゃない」と現在の恋愛を断ち切って前を向こうとします。辛島美登里の優しいなかにも説得力豊かな歌声が、女性の気持ちを後押しするようです。

 こうした映像(物語)と音楽の相乗効果、光と影のコントラストは、クリスマスへの私たちの想像力をより豊かにするものであるように思います。私たちが今もクリスマスに感じる特別な情感は、そうして培われてきた面が少なくないはずです。

バブル崩壊とともに男女の「熱」も落ち着いていった?

 そんなクリスマスにまつわる男女の機微をより大人の目線で歌ったと言えるのが、稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」でしょう。この歌に出てくるカップルは、お互いの気持ちが「近すぎて見えない」と感じ始めています。そこでふたりはいったん距離を置き、クリスマスになったときに答えを出そうと約束します。

 一方でこの歌には、時代の変化も感じられます。ドラマ『ホームワーク』(TBSテレビ系)の主題歌でもあったこの曲の発売は1992年。バブルが崩壊した後のことです。そう考えると、この曲にはバブル気分のクリスマスに対して冷静になり始めた世の中の空気が感じられなくもありません。

 その2年後にヒットしたマライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」も代表的なクリスマスソングですが、こちらは原題(All I Want for Christmas Is You)を直訳すると「クリスマスに欲しいのはあなただけ」となるように、とてもストレートで軽快なラブソングです。

 しかしこの曲が主題歌となったドラマ『29歳のクリスマス』(フジテレビ系、1994年放送)は、そんなロマンチックな気分とは対照的な作品でした。

 まず山口智子が演じるのは、29歳の誕生日を迎えたアパレルメーカー勤めの女性。彼女は仕事も恋愛もおろそかにせず自立した生き方をしようと奮闘しますが、職場でも家庭でも根強く残る古い女性観に悩まされます。すでに男女雇用機会均等法が施行されている時代ですが、東京で働く女性たちの置かれた当時のシビアな状況がそこには垣間見えます。

東京の街を照らすイルミネーションと東京タワーの灯り(画像:写真AC)



 またこの作品は、男女の友情を正面から描こうとしていたのも新鮮でした。山口智子は親友である松下由樹、柳葉敏郎と港区の白金にある古い一軒家で同居生活を始めることになります。今風に言えばシェアハウスという感じでしょうか。「男女に友情はあり得るのか?」、この古くて新しいテーマが綺麗事に終わらずリアルに描かれているのも見どころです。

時代の世相を映す、クリスマスソングとドラマ作品

 脚本の鎌田敏夫は、明石家さんまと大竹しのぶの共演で高視聴率をあげた『男女7人夏物語』(TBSテレビ系、1986年放送)でも知られています。しかしトレンディドラマのルーツとも言われるこの作品では、どちらかというと恋愛はゲームのようなものです。

 それに対して『29歳のクリスマス』では、もっと現実的な生き方が問われています。ここにもバブル崩壊以前と以後の変化を見てとることができるかもしれません。

かつて恋人たちが主役だった12月24日夜の東京。2019年、あなたは誰と過ごしますか?(画像:写真AC)



 もちろんクリスマスソングは、まずは聴いて楽しむもの。しかし、それが流れたCMやドラマと照らし合わせてみれば、楽しみ方もより広がるのではないかと思います。

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