足立区の「おいしい給食革命」が生んだ愛のスパイラル、名古屋市「質素すぎる学校給食」問題から考える

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足立区の「おいしい給食革命」が生んだ愛のスパイラル、名古屋市「質素すぎる学校給食」問題から考える

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小川裕夫

フリーランスライター

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子どもたちに対して“おいしい給食”を提供していることで知られる足立区。提供したことで周辺環境にいったいどのような影響を与えたのでしょうか。フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。

共働き家庭増加で、学校給食がより重要に

 名古屋市の小学校で提供されている学校給食があまりにも質素だと、先日インターネット上で話題になりました。

おいしい給食を食べる子どものイメージ(画像:写真AC)



 質素になった原因は、なによりも食材費や人件費が高騰したためです。名古屋市の給食費は月3800円で、10年間ほぼ据え置き。その金額でやり繰りせざるを得ないため、質素になってしまったというわけです。

 自治体によっては小学校だけではなく、中学校でも学校給食は導入されています。今般、両親の共働きが一般的になり、子どもの弁当をつくる余裕がない家庭も増えています。そのため、小中学校の学校給食は家庭にとってもありがたい存在です。

 しかし、学校給食の完全実施は容易ではありません。学校給食には「自校調理方式」や「センター調理方式」などがありますが、いずれにしても調理室という設備を必要とし、給食をつくる調理員も確保しなければなりません。当然、費用も莫大になります。そのため、小学校では給食を実施していても、中学校は弁当持参という自治体も珍しくないのです。

 しかし、先述したように共働き家庭が増えたこともあり、学校給食の重要性は増しています。大阪府は橋下徹府知事(当時)の肝いりで、2010(平成22)年から中学校で学校給食の導入を始めました。にも関わらず、給食に割ける予算がなかったこともあり、民間事業者によるデリバリー方式を採用。しかし、これが中学生たちから「冷えている」「マズい」と散々な評判だったのです。

“おいしい給食”のきっかけは「食品残さ」

 こうした状況から、大阪府は給食の改善に乗り出しました。また、府内全市町村で中学校給食が完全に実現できていないため、2019年の大阪府知事選では中学校給食の完全実施を公約に掲げた候補者もいました。

「たかが給食なのに、贅沢を言うな」「食べられるだけ、ありがたいと思え」という声もあります。しかし、いまや給食は単なる「食事」、「欠食児童の栄養補給」ではありません。行政がきちんと向き合わなければならない重要な政策のひとつになっているのです。

質素過ぎる給食のイメージ(画像:写真AC)



 一方、東京都足立区は区長が主導して“おいしい給食”に取り組んできた自治体です。足立区の給食は20年以上前からおいしいと区民から高評価を得てきました。現在の近藤やよい区長が2007(平成19)年に就任して以降は、その味に磨きがかかっています。

 足立区が“おいしい給食”に取り組んだきっかけは、食品残さが深刻な問題になっていたからです。小さな子どもにはアレルギーで食べることができない食品も多々ありますが、それ以上に好き・嫌いによる食べ残しがたくさんあります。食べ残しを減らす工夫として、足立区は“おいしい給食”に取り組むようになったのです。

空腹を放置すれば、凶悪犯罪を行う可能性も

 食品残さを減らすという目的から始まった足立区の“おいしい給食”は、思わぬ効果をもたらします。それは、非行少年の減少と区内の治安改善でした。

 日々の仕事に追われる家庭は、家で子どもの面倒を見ることがおろそかになりがちです。それが不登校児を増やす一因にもなっているわけですが、不登校児は昼に家にこもっているわけではありません。暇を持て余した彼らは、昼間に街をぶらぶら徘徊します。

 食べ盛りの年頃ですから、街をぶらぶらしていればお腹は減ります。かといって、ごはんを買うお金はありません。お腹を満たすため、スーパーやコンビニなどで万引きを繰り返してしまうのです。それが常態化して犯罪をしているという感覚が麻痺してしまうと、さらに凶悪な犯罪に走ってしまう可能性があります。

少年犯罪のイメージ(画像:写真AC)

 非行に走る児童たちをつくらないため、足立区や小学校が「授業は退屈かもしれないけど、学校に来れば、おいしい給食がお腹いっぱい食べられるよ」と呼びかけました。この呼びかけが奏功し、少しずつ不登校児を減らしていったのです。

非行少年の減少で、区のイメージアップに

 学校給食が目当てで登校していた児童は、最初は授業が退屈だったかもしれません。しかし、学校に通っているうちに自然と学力は向上していきました。結果、足立区全体の学力水準を押し上げることにつながります。また、非行少年が減少したことで足立区の治安も改善していきます。

“おいしい給食”によって、足立区は教育熱心な自治体というイメージが強くなっていきました。それまで足立区には大学がありませんでしたが、教育熱心な自治体というイメージから大学のキャンパスが次々に区内へと移転してきます。

足立区役所の外観(画像:(C)Google)



 大学のキャンパスが開設されたことで、さらに足立区は教育熱心な自治体というイメージが強くなり、大学に通う若者たちが街を歩くようになったので街そのものが活性化しました。商店街にも活気が戻ってきています。

 足立区の“おいしい給食”は、地場産品をできるだけ使用する方針にしています。そのため、足立区の農業や食品加工業も活性化しました。“おいしい給食”が、足立区全体を大きく動かしたのです。

給食は単なる食事ではない

 足立区の“おいしい給食”という取り組みは、さらに進化を遂げています。日本人の食生活は味噌や醤油がベースになっているため、世界各国と比べて日本人は塩分摂取量が多いといわれます。

 塩分過多は健康面でマイナスになるため、“おいしい給食”で減塩メニューに取り組むようになっています。そこには、子どもの頃から減塩メニューに慣れさせることで、大人になっても塩分を摂取しすぎない食習慣を身につけさせるという壮大な意図があります。

 足立区の“おいしい給食”は大きな話題になり、レシピブックが出版されました。同書は6万部を超えるベストセラーとなり、類似本も多く出版されるようになっています。また、“おいしい給食”が話題になると、大人や他区の人たちからも「一度、食べてみたい」というリクエストが寄せられるようになり、足立区役所のレストランで“おいしい給食”が提供されるようになりました。

 給食は単なる食事ではありません。自治体をも左右するほどの大きな政策になっているのです。

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