海外旅行のバイブル『地球の歩き方』に「東京」版が登場、なぜ? 編集長に理由を聞いた

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海外旅行のバイブル『地球の歩き方』に「東京」版が登場、なぜ? 編集長に理由を聞いた

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小川裕夫

フリーランスライター

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海外旅行好きにはバイブルともいえるシリーズ『地球の歩き方』。このシリーズに今回、初めての国内版となる「東京」が登場しました。一体なぜなのでしょう? フリーランスライターの小川裕夫さんが、編集長と担当者をインタビュー。出版の背景にあったのは、東京オリンピック、そして新型コロナです。

確かに日本も東京も地球だ

 勝手の異なる海外ではささいなことでトラブルが起きやすく、海外旅行に出かける際にはガイドブックを持っていくという人も多いはずです。

 ダイヤモンド・ビッグ社が発行している『地球の歩き方』シリーズは、海外を旅する者にとって必携とも言えるガイドブックです。長年にわたって多くの人に愛用されてきました。

 数あるガイドブックのなかでも、このシリーズは内容を海外にフォーカスしています。同シリーズを手にして、海外旅行の楽しさに目覚めたという読者・旅行者は多いでしょう。

 そのため、ほかのガイドブックとは一線を画し、もはやガイドブックの枠を超えたバイブルともいえる存在です。

 世界を案内し続けてきた『地球の歩き方』が、2020年9月1日(火)に初めて国内の都市にフォーカスした「東京」を発売しました。

 いったい、『地球の歩き方』に何が起きたのでしょうか? 

 シリーズ全体の編集長を務める宮田崇さんと同書のプロデューサーを務める斉藤麻理さんに話を伺いました。

※ ※ ※

「『地球の歩き方』は1979(昭和54)年に創刊し、2019年40周年を迎えました。2020年は東京五輪が開催される予定だったので、開催中は事前から日本全体がお祭りのようなムードになると予想できました。

 そのため、出版社は五輪に向けて関連書籍・雑誌をたくさん出し、書店でも“五輪フェア”といった棚がつくられると考えたのです。そうしたイベントに『地球の歩き方』も参加したい……その一心から、『地球の歩き方』シリーズでは初となる国内版『東京』を制作することを決めたのです」(宮田さん)

ところが新型コロナが……

 海外の旅行情報なら、ほかのガイドブックを寄せつけないほど豊富な情報を持つ『地球の歩き方』ですが、国内では競合誌も多く発行されています。

 近年はインターネットに押されて、ガイドブック系の情報誌は部数減・休刊が相次いでいます。市場が狭まる中でも、初となる国内版の「東京」を出版すると決断した理由は何だったのでしょうか?

「2020年の東京五輪は、ここ数年で最も東京が注目される年になるはずでした。仮に、この盛り上がりの中で部数が奮わなかったら、むしろ諦めがつきます。そう腹をくくって、決断しました」(宮田)

 しかし、全世界で新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)したことを理由に、東京五輪は開催を延期。それでも、編集部の面々はめげることなく出版に向かって走り続けます。

「制作に携わった編集者やライター・カメラマンの面々は普段から頻繁に海外へ出かけていますが、国内も足しげく回っています。もちろん、東京も隅々まで足を運んでいます。

 東京五輪がきっかけになって初めての国内版を制作することになりましたが、編集部の面々が本気で東京を制作することにしたら、ページ数は倍以上になっていたでしょう。編集部一同は、それほどガイドブックの編集・情報収集に情熱を燃やしています。

 五輪は延期になりましたが、あくまでもきっかけに過ぎません。充実した内容になっていると確信をしていますので、手にとってもらえれば必ず満足してもらえると思います」(斉藤さん)

五輪が延期でも楽しめる内容

 東京五輪の延期を受けて、本来だったら誌面化する予定だった競技・スタジアムの情報などは非掲載になりました。その分だけ「東京」は薄くなりましたが、それでも総ページ数は450を超えています。

『世界の歩き方』シリーズでは、イギリスやフランス、アメリカといったメジャーな国は情報量が多くなるので本そのものが厚くなります。そうした人気の国は長年にかけてページ数を増やしてきました。初めて出版する「東京」は、それよりもページ数が多いのです。

編集長・宮田崇(左)さんと『地球の歩き方』初の国内版「東京」を出版したプロデューサー斉藤麻理さん(画像:小川裕夫)



「国内の情報は、ネットで簡単に得られる時代になりました。どこに行くのか? そこまでの行き方を調べることはネットで間に合います。

 一見すると、それ雑誌として要るの? と思えるような情報でも社会や文化の醸成に必要な要素だったり、バッググラウンドだったりします。そうした地域や都市の背景を伝えるのが、『地球の歩き方』のイズムでもあります」(斉藤さん)

 そうしたイズムは、「東京」にも受け継がれています。例えば、“江戸文字”や“江戸東京野菜”などを紹介しているページです。

 江戸文字とひと口に言っても数種類あり、普段はなじみのない文字だけにイメージしづらいかもしれません。

 しかし「相撲の番付表で使われている文字」「神社のお札や提灯に書かれている文字」と聞けば、「あぁ、あれか」と親近感が沸くでしょう。

 江戸東京野菜も、全国区の知名度を誇るコマツナを筆頭に、近年は亀戸ダイコン・谷中ショウガ・寺島ナスなどが郷土料理をウリにする飲食店で積極的に使われています。

 それらを知ることにより、東京という都市がこれまでとは違ったように映るはずです。

ガイド本ぽくない情報の良さ

 こうした内容は観光のためだけではなく、普段から東京で生活している人や通勤・通学している人にも役に立つ内容といえます。

「従来の東京を取り上げるガイドブックは、“渋谷”や“新宿”といった華やかな街を巻頭にしています。しかし、『地球の歩き方』は江戸の情緒・文化・歴史を伝えるという考え方から、日本橋を巻頭にしました。表紙を浅草の雷門にしたのも、そうした編集方針に基づいているからです」

東京を代表する街のひとつ、日本橋の夜(画像:写真AC)



 ちなみに、東京観光では欠かすことができない東京ディズニーランド・シーは、東京のガイドブックの定番になっています。本書では、所在地が千葉県であることから掲載していません。そうした部分にも、編集部の強い矜持(きょうじ)を感じることができます。

 今回、『地球の歩き方』初となる国内版を発売したことばかりに注目が集まっていますが、編集部が力を入れていたのは「東京」ばかりではありません。

「東京五輪が国内版を初めて出すきっかけになったわけですが、実はそれに合わせて『世界244の国と地域』というタイトルも出しました。これは五輪に合わせて、多くの国と地域から選手や観光客が来日することを見込んでいたからです。

 多くの国と地域から、たくさんの人が訪日する。その国と地域について学んでもらおうという意図から出版することになりました」(宮田さん)

 五輪の延期によって、『世界244の国と地域』の売れ行きも危ぶまれました。しかし、コロナで海外に行けなくなっている状況から、かえって“バーチャル海外旅行”ができる本として『世界244の国と地域』もじわじわと人気になっているようです。

日常を「旅」に変える1冊

 政府が2020年7月に始めたGoToキャンペーンは、まだコロナから気を抜けないという理由で東京発着の旅行が除外されました。しかし、10月1日(木)から東京もGoToキャンペーンの対象に追加されます。

 コロナの感染拡大は、予断を許さない状況です。それでも本書を携えて、散歩感覚で東京を楽しむ、普段は通らない道を歩いてみる、これまで降りたことのない駅で下車して周辺を探索してみる――。そんな身近な場所でも、“旅”を楽しむことはできます。

 知っているようで、知らない東京はまだまだあります。ミニトリップを楽しむことで、新しい東京を発見できるかもしれません。

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