絵や写真がたくさんあれば「絵本」?
「いしいさんの一番好きな絵本って、何ですか?」
35度を超える、うだるような昼間の暑さから少し解放された2018年8月27日(月)の19時過ぎ。東急東横線都立大学駅から徒歩3分の場所にある「ニジノ絵本屋」(目黒区本町)のなかから、女性たちのにぎやかな声が聞こえてきました。
「ニジノ絵本屋」で行われたトークイベントの様子(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
昭和の香りただよう銭湯やそば店などが並ぶ、ゆるい坂道の途中にある同店。そこで行われているのは、開催8回目を迎えたトークイベント「いしいあやがニジノ絵本屋の絵本づくりについてゆる~く語ります。」です。
400種類の絵本が並べられた、こじんまりした7坪の店内。その真ん中に置かれた木製のテーブルに座っている、魔法使いのような黒色のシルクハットをかぶった丸眼鏡の女性に、7人の参加者たちが次々と質問を投げかけます。
「私の好きな絵本ですか? うーん、よく聞かれるんですけど。好きな絵本とか、しっくりくる絵本って、そのときの気分で変わるんですよね」
困ったような顔つきをしながら笑顔を見せるこの女性は、「ニジノ絵本屋」のオーナー・いしいあやさん(38歳)です。
「ぱたぱた自己紹介カード」を使ってコミュニケーションを図るイベント参加者(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
にぎわうトークイベントの様子(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
そんないしいさんが選んだのは、絵本ではなく写真集。アメリカの写真家、ガス・パウエルさんの作品「ザ・ロンリー・ワンズ」です。
「絵本とひとことで言っても、どこまでが絵本なのか分からないじゃないですか?」と、いしいさん。参加者たちは細かくうなずいています。
「文字だけではなくて、絵や写真がたくさんある本だったら、私にとって、それは絵本かなって思います」
店内の「うなずき」は深いものへと変わっていきました。
作り手と読み手をつなぐ架け橋を目指して
いしいさんが「ニジノ絵本屋」を都立大学駅近くにオープンしたのは、2011(平成23)年1月のこと。現在とは場所が異なり、駅から徒歩1分の雑居ビル3階、広さわずか1.5坪からのスタートでした。
「ニジノ絵本屋」の看板(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
「ニジノ絵本屋」の外観(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
つばめをかたどったウォールデコなどが飾られた「ニジノ絵本屋」の入口付近の様子(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
仕入れた絵本を販売する一方、イラストレーターのはらぺこめがねさんとオリジナルの絵本をつくったことをきっかけに、2012年7月から出版事業を開始。現在では12タイトルを揃えるまでになりました。
「ニジノ絵本屋」の店内。約400種類の絵本がディスプレイされている(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
いしいさんの知人の作家による、絵本の選書コーナー(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
2017年4月に現在の店舗に移転。現在では、国内外で音楽や食とのコラボレーションイベントを行ったり、ワークショップなどを開催したりするまでになりました。
いしいさんが絵本に関するさまざまな活動で目指すのは、絵本の作り手と読み手をつなぐ架け橋となって、いっしょに楽しい時間を過ごすことです。屋号の「ニジ(虹)」にも、そのような思いが込められています。
「良い出会いに恵まれて、毎日が目まぐるしく変化しています。新しい人たちと出会うことで、自分の人生がどのような変化をしていくのか楽しみ。良い意味で『行き当たりばったり』の姿勢で頑張ってます(笑)」
渋谷の「TRUNK BY SHOTO GALLERY」で2017年10月に行われたイベント、「渋谷でママ大学」で絵本ライブを行ったいしいさん(画像:ニジノ絵本屋)
埼玉県飯能市の「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」で2018年6月に行われたイベント、「飯能グリーンカーニバル」に参加したいしいさん(画像:ニジノ絵本屋)
「ニジノ絵本屋」には、30代前半から80代まで幅広い年齢層の人たちが訪れます。女性の割合が圧倒的だと思いきや、「男女半々」とのこと。男性は結婚を機に、絵本に「出会い直す」人が多い印象だといいます。そこで興味をふたたび持ってくれることに大きな喜びを感じるそうです。
絵本は誰のためのもの?
ここでひとつの疑問が。絵本はいったい誰のためのものでしょうか。やっぱり、子どものため?
「年齢は関係ないと思っています。たとえ子どもが身近にいなくても、絵本の良さを知らないのはもったいない。メインの読者はたしかに子どもですが、大人も十分楽しめます。というより、仕事で忙しい大人こそ興味を持ってほしい。ですから、ひと言でいえば、絵本は子どもから大人まで楽しめる、『人類』のためのものでしょうか(笑)」
「ニジノ絵本屋」の出版するオリジナル絵本で一番人気の「野心家の葡萄」。コンセプトは「ワインと一緒に贈りたい絵本」(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
いしいさんが「忙しい大人こそ」と話すのには、とてもシンプルで合理的な根拠があります。絵本は「文字量が少なくて、読む時間がかからないから」。流行りの言葉でいえば「時短」。しかし、その真意はとても深いものでした。
「文字が少ない分、作者とのコミュニケーションができるんです。絵を見て、自分の想像が作者の意図するものと同じなのか、それとも違うのか。深読み、深掘りができる。しかも、そのような感覚は毎日変化しますから、今日はこのページが、次の日は違うページが心に刺さった、となるんです。
絵本というと、皆さんどうしても絵や文に『教育的』な意味を求めがちですが、そんなことはありません。もっと自由に発想し、作者とコミュニケーションするものなんです。『忙しい大人こそ』という意味はそこにあります。仕事に追われていたら、自由にものごとを発想する機会なんてなかなかないでしょう。そういった機会を絵本は与えてくれると思います」
それゆえ、表紙のデザインが可愛かったり、カッコよかったりというシンプルな感覚で絵本を持つのも、また「アリ」なのだといいます。
左側が「ニジノ絵本屋」のオリジナル絵本。少女漫画家・松本かつぢさんが50年以上前に描いた「ふしぎの国のアリス」(左)を再出版した(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
しかし、「サブカルチャーとして絵本が消費されていくことは避けたい」とも。絵本は「メインカルチャー」になれるという思いがあるからです。
「絵本は国籍を飛び越えると思っています。台湾やイタリアのブックフェアに出展したときもそう。私は中国語もイタリア語も話せませんが、絵本を通してコミュニケーションをすると、不思議とすぐに仲良くなれる。文字ではなく、絵だからこそ伝わるという感覚というのがあるんですね。それは日本でも同じ。
サブカルチャー好きの人から絵本が『他人事』の人まで、多くの人に『刺さる』ポテンシャルを持っていることを、開店7年間の体験を通して実感しています。あとはそれをどう提供していくかを考えないと。せっかくやるなら、やっぱりメインカルチャーにしたいじゃないですか」
絵本の魅力を一部の人たちではなく、より幅広い人へ――。そんないしいさんに、最後にもう一度聞いてみました。
いしいさん、絵本は誰のためのものですか?
ミラノ在住の日本人イラストレーター・長谷川真樹さんがイラストを手掛けた絵本「A casa dell’ape」を持つ、いしいさん(2018年8月27日、國吉真樹撮影)
「『人類』のためのものです(笑)」
絵本のなかに出てくるような笑顔で、いしいさんはそう答えてくれました。
●ニジノ絵本屋
・住所:東京都目黒区平町1-23-20
・交通アクセス:東急東横線「都立大学」駅から徒歩3分
・開店時間:11:00~20:00
・定休日:水曜日
・電話番号:03-6421-3105