大津園児死傷事故から1か月、再発防止に最も求められるのは「冷静さ」だ
交通事故加害者への処罰とは 1か月前の2019年5月8日(水)、滋賀県大津市の交差点で散歩中だった幼稚園児たちに乗用車が突っ込み、ふたりの園児が亡くなりました。子どもが被害者となる痛ましい事故ということもあり、事故の様子はさまざまなメディアで連日放送され、インターネット上では事故報道の在り方についても、多くの議論を呼びました。 またツイッターでは、保育士に対する日ごろの感謝と理解を呼びかける「#保育士さんありがとう」というハッシュタグも注目を集めました。 子どもたちを交通事故から守るためにできることとは(画像:写真AC) 東京でも同様の事故が起きないとは限りません。このような時に求められるのは、事故に対する正しい認識と対策です。共著に「弁護士のためのイチからわかる交通事故対応実務」(日本法令)があるインテグラル法律事務所(千代田区麹町)の弁護士、西原正騎(まさき)さんに法的な観点から話を聞きました。 ――園児の託児中に事故や怪我が発生した際、誰が、どのような罪に問われるのでしょうか。事故の加害者だけでなく、保育園の職員たちも対象になるのでしょうか。 まず、加害者についてお話します。刑事上の責任は、自動車運転死傷行為処罰法(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律)の過失運転致死傷罪第5条の過失運転致死傷罪の責任を負う可能性があります。 また、特に飲酒や薬物の影響で、正常な運転が困難であったり、運転に支障が生じたりする恐れがある状態で、今回のような事故を起こした場合は、同法2条、3条の危険運転致死傷罪の責任を負う可能性があります。 過失運転致死傷罪の上限が「懲役7年」に対して、危険運転致死傷罪で人を死亡させた場合の上限は、2条に該当する場合は「懲役20年」、3条に該当する場合は「懲役15年」とかなり重くなります。 今回の事件が起こる以前から、登校中の小学生の列に無免許運転の自動車が突入し、10人の児童等が死傷するなどの重大交通事故が相次いで発生していました。このような事故の中には、これまでの刑法に規定されていた危険運転致死傷罪の要件に該当せず、刑罰の軽い自動車運転過失致死傷罪が適用されていました。 しかし、もっと厳罰を科すべきという国民の声が高まり、悪質・危険な運転者に対する罰則を強化した「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」が平成26年5月20日から施行されたという経緯があります。 また人を死傷させたことによって、民事上、不法行為に基づく損害賠償義務を死傷者の遺族等に対して負います。 職員「交通ルール守っていれば責任問われず」職員「交通ルール守っていれば責任問われず」 次に、職員が問われる罪についてお話します。まずは刑事上の責任についてです。職員及び園長はいずれも刑事上の責任として業務上過失致死傷(刑法211条)が問題になる可能性があります。 しかし、結果的に死傷事故に巻き込まれたとしても、児童の数に対し、十分な数の職員が児童を監視・監督しながら、きちんと交通ルールを遵守して歩いているところに、車が突っ込んできたような場合は避けることができません。そのため、結果回避義務違反がなく、上記の責任は問われません。 このような責任を問うには、職員は「児童だけで交通量の多いところを歩かせていた」とか、「よそ見をしていて、児童を全く監視していなかった」という業務を懈怠した(義務を怠ること)と認定できる事情、園長は「児童の数に比べて引率者の数を少なく配置していた」、そもそも「管理体制を整えていなかった」など、監督責任を懈怠したと認定できる事情が必要です。 いち早い再発防止が求められる(画像:写真AC) 次は民事上の責任についてです。民事としては、職員は不法行為責任に基づく損害賠償義務を、また園長は職員を使用する者として、職員に過失があることを前提とし、使用者責任としての損害賠償義務を負う可能性があります。 さらに、対価を得て園児を預かっている以上、園児の安全に配慮する義務があるため、その安全配慮義務違反があった場合は、債務不履行責任としての損害賠償義務を負う可能性があります。 ただいずれも法律の構成が異なるだけで、請求が認められるための基礎事情はおおむね同じです。先ほど述べたように、引率の職員や園長に落ち度と言える過失が存在することが必要です。逆に言うと、全く職員や園長に落ち度がないにもかかわらず、刑事上の責任や、民事上の損害賠償義務を負わせることはできません。 すべて国民は「法の下に平等」すべて国民は「法の下に平等」――事故で子どもに怪我を負わすことは、大人に怪我を負わすことと比べ、その量刑は重くなるのでしょうか。 過失犯である交通事故において、人が怪我や死に至った場合、被害者が大人ではなく子どもだからという「年齢の事情」が直ちに量刑に影響を与え、重くなることはありません。 人命は地球より重く、憲法14条において、「すべて国民は法の下に平等」という平等原則が定められているからです。刑事の量刑が変わるのは、何人怪我を負わせたとか、何人死亡したとか、年齢より、被害者の「数量」が重要とされています。 大人たちの真摯な態度が求められている(画像:写真AC) ただし、民事の損害賠償義務の場面では話は別です。加害者が民事上、損害賠償義務を負うことはすでに述べましたが、その損害の項目の中に死亡逸失利益というものがあります。 死亡逸失利益とは、事故によって被害者が死亡したことで、「将来にわたって事故がなければ、本来得られるはずだった収入」のことです。その金額は被害者が若い方が額が大きくなります。若い人ほど、これから労働できる年数が長く、将来にわたって得ることができたであろう収入が高く算出されるからです。 よって、被害者が子どもであるという年齢が、刑事の量刑に直ちに影響を与えるということはありませんが、民事の損害賠償額としては、被害者が子どもの方が多額に上るということになります。 ――自身が子どもの保護者当事者だった場合、まず何をすべきでしょうか。 事故に巻き込まれた場合、保護者として現場で看護をするのはもちろんですが、今後の刑事での公判、民事での裁判等を見据えて、「証拠を保全する必要」があります。 例えば、加害者が飲酒運転をしていた場合、その場から逃げられ、酔いが冷めた後に出頭し捕まっても、飲酒の立証が困難になり、危険運転致死傷罪での立件ができない等の事態もあるからです。 また、目撃者の確保や、防犯カメラ等に写っている場合は、そのカメラ映像の保存をお願いするなどが必要です。周囲にコンビニ等がある場合、その防犯カメラに、店外の道路の様子が映っているケースもありますが、保存期間には限りがあるからです。 ――自動車が存在する以上、交通事故は無くなりません。事故発生を防止、もしくは予防するために、保護者がアクションできることはありますか。 たとえ信号が青であっても、信号を過信せず、左右を確認してから渡ることを徹底的に子どもに教えましょう。また、歩道を歩いていても、車の交通量が多かったり、歩道が狭かったりするところは危険なため、少し遠くても、歩道が広い、ガードレールのある道を通らせるなど学校と相談し、通学ルートを今一度見直す等の対策が必要かもしれません。 「冷静に原因を見極めて再発防止に努めよ」「冷静に原因を見極めて再発防止に努めよ」――大津市の事故では、ツイッターで「#保育士さんありがとう」とのハッシュタグが話題となりました。日ごろの保育士への感謝と理解を呼びかけるものです。 事故が発生した場合、加害者が責められるべきは当然ですが、現在のネット等を見ていると、誰か他にも責任を負うべき人がいるのではないかと、粗探しをしてまで誰かに責任を負わせようとしている点が見受けられます。 車は「走る凶器」にもなる(画像:写真AC) もちろんその人に過失が認められる場合は、糾弾されるべき点は仕方がない面もありますが、過失がなく、不可抗力としか言えない場合でも、責任の可能性があるだけで、誰かを吊るし上げようとしている人が存在していることは否定できません。 「保育園落ちた、日本死ね」というブログが2016年に話題となったのは、記憶に新しいところです。これは共働きが当然となった日本社会において、「1億総活躍社会」というスローガンを掲げながら、なかなか解消しない待機児童問題を指摘したブログでした。同様の境遇の人たちから共感の声が相次ぎ、またその過激な表現も相俟って、大変話題になりました。 このブログが話題になることからもわかるとおり、保育園及びそれを支える保育士の存在は、共働き夫婦や一人親の家庭にとって欠かすことのできない、無くてはならない存在です。そのような、いつも自分たちの子どもを守ってくれている大切な保育士さんたちに感謝を示し、守る意味で「#保育士さんありがとう」という投稿があったのだと思います。 車が社会に存在する以上、交通事故は必然的に起こります。誰だって、いつ加害者になり、いつ被害者になるか分かりません。車や保育士さんに日頃からお世話になっているにもかかわらず、事故が起きた途端に、日頃からお世話になっていることを忘れ、粗探しをしてまで、車や保育士さんに責任を押し付けようとする発言を見ると、悲しい気持ちになります。 誰かに責任を押し付けることばかりに熱中するのではなく、冷静に原因を見極めて再発防止に努めることができる、成熟した社会にしたいものです。 ※ ※ ※ 交通事故の再発防止に対する、われわれ一般市民の冷静で、真摯な態度が今求められています。
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