老舗系「スイーツ」が東京で新たな人気を集めている理由
大型商業ビル内に近年、スイーツ店が増加しています。その中でも特に勢いがあるのは、老舗菓子メーカーや老舗和菓子店による店です。いったいなぜでしょうか。文殊リサーチワークス・リサーチャー&プランナーの中村圭さんが解説します。新しい商業ビルにスイーツ系ショップが増加 今、都心部では商業ビルの開発や面的開発(地理的な広がりを目指しながら進められる開発)が活発に行われており、銀座や渋谷などターミナル商業地では新しい大型商業ビルが相次いでオープンしています。 既存店のリニューアルを含めて都心の新しい大型商業ビルを見ると、目新しいスイーツ系カフェ・ショップがとても充実してきていることがわかります。 例えば、2019年オープンした「渋谷スクランブルスクエア」(渋谷区渋谷)では1階が全てスイーツショップで、コンセプトは「スイーツパビリオン」となっています。 北海道の老舗菓子メーカー・石屋製菓が運営する日本橋室町「ISHIYA NIHONBASHI」で楽しめるイシヤパンケーキ(画像:石屋製菓) そのようなスイーツ系テナントの中には老舗菓子メーカー、老舗和菓子店、老舗お茶店、さらには異業種からの新業態カフェ・ショップが見られ、情報番組や情報誌に話題の店として度々取り上げられており、特に注目される存在となっています。 「お茶系スイーツ」ブームも追い風に 最近では北海道土産の定番「白い恋人」で知られる「ISHIYA(石屋製菓)」(札幌市)による、北海道外初の直営カフェ「ISHIYA NIHONBASHI」(中央区日本橋室町)が話題になりました。 フィルムを剥がすと、たっぷりの生クリームが流れ落ちるという新感覚のパンケーキや、北海道産の日本酒を使った限定「締めパフェ」などが提供されています。 毛色の変わったところでは、リニューアルオープンした「渋谷PARCO」(渋谷区宇田川町)内に、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を使った体験施設を運営する米スタートアップ企業のティフォン(カリフォルニア州)の新業態「Tyffonium Cafe」が出店しており、同社のアトラクションにちなんだAR体験のできるパフェが楽しめます。 また「お茶系スイーツ」ブームや「和パフェ」ブームを追い風に、茶系飲料メーカーや老舗茶店による和スイーツ系の新業態カフェが次々にオープンしています。 前述の「渋谷スクランブルスクエア」には、伊藤園(渋谷区本町)の新業態店舗「ocha room ashita ITOEN」(渋谷区渋谷)がオープンしました。日本茶のパフェやフード、抹茶ビールなどのほか、ワークショップも開催され、時期によってはお茶スイーツのクッキング体験や茶のブレンド体験などが行われます。 渋谷スクランブルスクエアの「ocha room ashita ITOEN」で提供されている、右上から時計回りに日本茶、抹茶バケットサンド、抹茶クリームあんみつ、抹茶ビール(画像:伊藤園) そのほかにも「渋谷ヒカリエ」(同)には福寿園(京都府木津川市)とサントリー食品インターナショナル(中央区京橋)の緑茶飲料ブランド「伊右衛門」とカフェカンパニーのコラボ業態「伊右衛門サロン」が出店。卵や牛乳など動物性の材料を使わないお茶系和スイーツを提供しています。 ショップ導入を図る商業施設の思惑とはショップ導入を図る商業施設の思惑とは 新業態のカフェ・ショップは消費者に直接接触することで、新たなブランディングを提示したり、自社の既存ブランドからイメージできるライフスタイルを発信したりしています。これは、消費者と企業の共感を生み出すコーポレート・コミュニケーションの役割があり、もちろん、新規事業の展開や新商品開発の方向性を定める目的もあります。 消費者ニーズが多様化している今、メーカーがこのような店舗を展開することには大きな意義があると言えるでしょう。 渋谷PARCOの「Tyffonium Cafe」で楽しめる「魔法パフェ」。左からサーカス、ピエロ、トワイライト、コリドール 、タロット(画像:ティフォン) 一方、導入する商業施設にも思惑があります。かつて都心の商業施設と言えば百貨店でした。しかしバブル崩壊以降、時代のニーズをつかみきれないようになり、現在は各地で閉店している状況です。 百貨店に代わる新しい都市型商業施設が模索されており、都心部に現在オープンしている新しい大型商業ビルはそのプロトタイプ(試作モデル)と言えるでしょう。 かつての百貨店がアパレルを重視していたのに対し、現在の都市型商業施設は食を重視します。特にスイーツ系は女性に人気が高く、高級品であっても比較的手の届く価格で、利用機会も多くなるため、重視すべきテナントと言えます。 しかし、競合の厳しい都心商業地では高品質であってもどこにでもあるような店舗では集客できません。そのため、「日本初上陸」「関東初進出」といった話題性の高いものが求められます。 都心部に出店する新業態カフェ・ショップは社運を賭けた店舗であり、斬新で消費者の興味を引くような商品が多く投入されます。そのため元々知名度のある老舗菓子メーカーや老舗和菓子店、老舗お茶店などの新業態カフェ・ショップは注目されやすいと言えるでしょう。 縮小する贈答品市場縮小する贈答品市場 スイーツ系ショップと都市型商業施設は深いつながりがあり、いずれもギフト需要の受け皿となっています。 そもそも老舗和菓子店は百貨店の重要な位置付けを占めるテナントで、「銘店街」と称して、老舗和菓子店が何軒も軒を連ねるエリアを形成していました。 バブル期まで贈答品市場はステータスのある百貨店が極めて優位な市場であり、当時急成長していたショッピングセンターやコンビニエンスストアではなかなか取り込むことのできない市場でした。その贈答品市場の中で手土産の受け皿となっていたのが老舗和菓子店だったのです。 しかし、贈答品市場はバブル崩壊後の景気低迷期を経て、大きなパラダイムシフト(枠組み転換)を起こしています。社会意識の変化に伴い、お中元・お歳暮だけでなく、折につけ親族や会社の上司など目上の人の家にあいさつに行くという慣習も衰退し、贈答品市場は大きく縮小しました。 贈られる先の中高年の味覚も変化し、定番の和菓子は「おいしいから送る」から「これを送っておけば安全」というアイコン化してしまった感があります。 2010年代に入って起きた変革 変革が起きたのは2010年代に入ってからで、新しいギフトの概念が生まれました。それは自分へのご褒美、友人や同僚など身近な人への「ちょっとした感謝のしるし」といったプチギフトです。 手軽で気軽なプチギフトのイメージ(画像:写真AC) それまでの手土産は目上の人が中心であったことから、ある程度の数量や大きさ、格式のあるパッケージ、それ相応の価格、古くからの定番商品であることなどが重視されました。 しかしプチギフトは少ない数量、目を引くデザインのパッケージ、手ごろな価格、現代の味覚に合わせた新しい商品であることが特徴です。プチギフトはコミュニケーションツールでもあるため、話題になるような商品が求められます。 「グランスタ丸の内」にも出店「グランスタ丸の内」にも出店 2012年にオープンした東京駅地下街の「東京おかしランド」(千代田区丸の内)は、女性を中心に多くの人を集客しました。 「カルビープラス」や「ぐりこ・や Kitchen」、「森永のおかしなおかし屋さん」など、大手菓子メーカーの体験型コンセプトショップのゾーンで、自分が試すため、友達や同僚と分け合って話題とするため、また、場所柄ふるさとや出先へのちょっとしたお土産としても購入されました。 東京駅地下街にある「森永のおかしなおかし屋さん」の外観(画像:東京ステーション開発) 同じく2012年に東京駅にオープンした「グランスタ丸の内」には、働く女性のためのプチギフト市場を意識したショップが多く導入されました。その中には老舗菓子メーカーのコンセプトショップもあります。カンロ(新宿区西新宿)が出店した「ヒトツブカンロ」は、グミなどコンフィズリーをかわいいパッケージで提供しています。 和菓子の持つ強みとは このようなプチギフト市場の流れに加え、近年は老舗和菓子店の経営者が代替わりして、若い経営者が新しい感性の商品開発にチャレンジする動きが見られ、和菓子の新業態ショップが増えてきました。 和菓子は意外性のある食材を取り入れることや、目を引くデザインにすることで若い層も含め幅広い層に支持される可能性があります。なお現在は、新しいコンセプトのおはぎや琥珀(こはく)糖が話題です。 また、グルテンフリーや乳製品や卵を使用しないスイーツの流れから、あんこなど和菓子の食材が注目されています。新規参入の新感覚の和菓子店も増加しており、新たな解釈の和スイーツが拡大している状況です。 これからの都市型商業施設において、インバウンド(訪日外国人)の集客も意識していかなければいけません。 大福餅をパイで包んだ和スイーツ(画像:神戸風月堂) 銀座など、インバウンドに人気の商業地の新しい大型商業ビルには、伝統工芸品や和食・和食材、日本酒など日本文化に関する店舗が積極的に導入されており、和スイーツもそのカテゴリーと言えるでしょう。現在、和スイーツはややインフレ気味ではありますが、今後も新しい店舗の導入が加速すると考えられます。 興味のある人は、老舗菓子メーカーや老舗和菓子店のコンセプトショップをのぞいてみてください。
- おでかけ