SDGs実現で再注目も 企業の社会的責任(CSR)が何度もブーム・沈静化を繰り返してきたワケ【連載】これからの「思考力」の話をしよう(8)
歴史の風雪に耐えた基礎的な理論・フレームワーク(思考の枠組み)を紹介し、現在でも色あせないその魅力について学んでいく連載シリーズの第8回。最終回の今回紹介する理論・フレームワークは、「CSRとCSV」です。古くて新しいCSR 近年、地球温暖化・貧困・人権侵害・人種差別といった社会問題を受けて、企業には高度なCSRが求められるようになっています。CSRとは、Corporate Social Responsibilityの略で、「企業の社会的責任」のことです。 企業は、所有者である株主のために利益を獲得する存在です。ただ、利益獲得のために消費者・地域住民・地球環境・地域社会といった利害関係者を犠牲にするようではいけません。 地球環境とビジネスマン(画像:写真AC) CSRは、企業が社会の一員として社会の発展に貢献するよう活動する責任を意味します。具体的には企業が地域や団体に寄付をしたり、従業員がボランティア活動をしたりします。 CSRが注目を集めるようになったきっかけが、2015年に国連が定めたSDGsです。SDGsはSustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略で、貧困や環境問題など地球全体の問題を2030年までに解消するために、17の目標が掲げられています。多くの企業が、SDGsを実現するためにCSR活動に力を入れています。 ただしCSRは今に始まった話ではありません。日本では、1960年代に企業が引き起こす公害が大問題になり、CSRが議論されました。その後も10~20年周期でCSRが注目され、やがて忘れ去られ、ということを繰り返しています。 最近では、2000年代初めに食品偽装などの不祥事が多発したことを受けて、多くの企業がCSR部門を設置しました。そのため、CSRに熱心に取り組む企業が増えている一方、経営者が「また何だか騒いでるな」とCSRを一過性のブームだと冷ややかに見ている企業もたくさんあります。 CSVで持続可能なCSRへCSVで持続可能なCSRへ なぜCSRはブームと沈静化を繰り返すのでしょうか。それは、過去のCSRでは企業が利益を犠牲にして嫌々ながら取り組んできたからです。 企業が不祥事を起こすと、迷惑を掛けた地域や団体に寄付をしたり、従業員にボランティアをしてもらったりします。そして、企業への批判が収まると、こうした「免罪符」としての活動は縮小していきます。あるいは、企業の業績が悪化すると、「それどころじゃない」ということで、社会貢献活動は打ち切りになります。 つまり、CSRを一過性のブームに終わらせず、不祥事を起こした企業だけでなく広く浸透・定着させるには、企業が利益を犠牲にして嫌々取り組むのではなく、事業活動の一環として取り組むことが望まれます。 この観点から、一部の企業で注目されているのが、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱したCSVです。CSV(Creating Shared Value、共通価値の創造)は、自社の事業を通じてさまざまな社会の問題を解決し、経済的価値と社会的価値を両立させようとするものです。 CSRに関わる主な出来事と国際規範、イニシアチブ等の変遷(画像:経済産業省) ポーター教授によると、CSVには「製品と市場の見直し」「バリューチェーンの生産性の再定義」「地域支援の産業クラスターの形成」の三つがあります。例を挙げましょう。 1.製品と市場の見直し:システムインテグレータが地域交通システムを開発し、「渋滞解消」に貢献することができます。 2.バリューチェーンの生産性の再定義:商社が物流システムを効率化し、「環境負荷の軽減」に貢献することができます。 3.地域支援の産業クラスターの形成:電機メーカーが発展途上国で事業展開することで、「産業集積の形成」に貢献できます。 なおポーター教授は、CSVをCSRに代わる新しい概念だと主張していますが、これはやや不適切な対置です。 CSRは免罪符的な活動だけでなく、社会をよくする自発的で前向きな活動も含まれるからです。CSRのうち、企業の利益獲得に反しない事業を通した社会貢献活動を、CSVだと考えるべきでしょう。 エコピープルの出現に期待エコピープルの出現に期待 CSVによってCSRが日本企業に定着するのでしょうか。カギになるのが、従業員です。免罪符型のCSRの主役は経営者です。例えば経営者が「よし寄付をしよう」と意思決定すれば、即座に実行し、完結します。 しかし、CSVの場合、事業活動を担って、実際に利害関係者と向き合うのは従業員です。従業員がCSVの意義を理解し、主体的に工夫して取り組むようになれば、継続的な活動になり、社会に貢献することができます。 CSVに主体的に取り組んで成果を上げている従業員の例として、私の知人、林啓史さんの活動を紹介しましょう。 千代田区九段北にあるバスクリン本社(画像:(C)Google) バスクリン(千代田区九段北)に勤務する林さんは、通常の会社業務に加えて、6年前から有志とともに、メイン工場の工場排水が流れる瀬戸川(静岡県)の水環境を調べる取り組みを行っています。また入浴剤の研究者としての経験を生かして、小学生低学年向けに水の大切さを伝える講義も行っています。 さらに、中小企業診断士である林さんは、東京商工会議所で環境やSDGsを学んでもらえる創業支援セミナーを開催し、好評を博しています。こうした取り組みが評価されて、林さんは2020年、東京商工会議所が主催する「エコ検定アワード」のエコピープル部門で優秀賞を受賞しました。 CSRがまたまた一過性のブームに終わるでしょうか、それとも日本企業の新しいスタンダードとして定着するのでしょうか。林さんのようなエコピープルが出現することや企業がエコピープルを育てることにかかっていると言えます。
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