開催可否で紛糾も 結局、東京五輪は行われそうなワケ【連載】これからの「思考力」の話をしよう(4)

歴史の風雪に耐えた基礎的な理論・フレームワーク(思考の枠組み)を紹介し、現在でも色あせないその魅力について学んでいく連載シリーズの第4回。今回紹介する理論・フレームワークは「意思決定とプロスペクト理論」です。


オリンピックの開催・中止は難しい意思決定

 人生は、進学・結婚・就職・転居など意思決定の連続です。良い意思決定をできれば、人生は豊かになります。ただ、ときに極めて難しい意思決定に直面することがあります。

 今、日本人の頭を悩ましている難しい意思決定は、何と言っても東京オリンピックでしょう。7月23日の開幕が迫り、緊急事態宣言が発令されている状況で予定通り開催するべきか中止するべきか、揺れ動いています。

 オリンピックの意思決定が難しいのはなぜでしょうか。それにはいくつか理由があります。

新宿区霞ヶ丘町にある新国立競技場(画像:写真AC)



 第一に、誰がどう意思決定をするのか不明確なことです。

 オリンピックの開催都市契約では、中止を決定できるのは主催者の国際オリンピック委員会(IOC)だけです。ただ、この契約はIOCと開催都市・東京都との間で交わされたもので、国家間の条約ではないため、日本政府は契約履行の義務を負いません。今からでも中止に向けてIOCと交渉することが可能です(また交渉が決裂しても、選手の入国や競技施設の利用を制限するなどの方法で中止にすることができます)。

開催メリット・デメリットの比較が難しい

 では、IOC・日本政府・東京都という当事者が話し合えば済むかと言うと、そうではありません。

 オリンピックは世界的な大イベントなので、国内外の世論、アメリカ・中国など主要国や競技団体の意向なども考慮する必要があります。東京都民も意思決定者なのです。いずれによ、さまざまな関係者が絡み、誰がどうやって意思決定するのか混とんとしています。

 第二に、政治的な意思決定であることも厄介です。

「(コンビニが)新しい商品を発売するべきか?」といった経済的な意思決定ならメリット・デメリットを定量的に比較すれば良いのですが、政治的な意思決定では主義・信条・政治的パワーなどが優先されがちです。主義・信条に絶対の正解はないので、対立はなかなか解消されず、関係者が納得できる意思決定に到達しません。

7月のカレンダー(画像:写真AC)



 第三に、メリット・デメリットの比較が難しいことです。

 開催すれば、世界に夢と希望を与えることができますし、東京都はIOCに違約金を払わずに済みます。一方、新型コロナの感染拡大と医療崩壊が懸念されます。中止すれば、その逆が起こります。夢・希望、経済損失、国民・選手の安全というまったく内容の違うことを比較するのは、容易なことではありません。

 第四に、「どちらがメリットが大きいか?」ではなく、「どちらがデメリットが小さいか?(= どっちがマシか?)」というタイプの意思決定であることです。

 人は、「今日のランチはラーメンかカレーかどっちにしよう?」といったメリット(この場合はおいしさや空腹感の解消)の大きさを比較する意思決定は比較的スムーズにできます。しかし、今回のように、どっちに転んでも良い結末にならなさそうなことは、「あまり考えたくない」と先送りにしがちです。

リスク要因がよりクローズアップされる

 3点目と4点目のメリット・デメリットの比較について、少し詳しく考えてみます。

 今回とりわけ難しいのは、開催した場合の感染拡大・医療崩壊というリスクをどう評価するかでしょう。菅首相やIOCは、日本国内でプロ野球やテストイベントが開催されていることから、「リスクは十分にコントロールできる」としています。

 一方、開催反対派(中止派)は、「プロ野球とオリンピックでは規模が全然違う」と主張します。

 ここで、オリンピックとプロ野球を比較すると、オリンピックは国外から多数の選手・関係者が来日することがリスク要因です。ただし、彼らはワクチンを接種しています。プロ野球は、観客数は少ないですが、大半がワクチンを接種していません。

 ということで、オリンピックもプロ野球も「どっちもどっち」というところですが、現在、各種の世論調査で過半数の国民がオリンピック開催に反対しているのに対し、「プロ野球を中止にせよ」という声はほとんど耳にしません。

江東区有明にある有明体操競技場(画像:写真AC)



 行動経済学の「プロスペクト理論」によると、人間は利益から得られる満足より、同じ額の損失から得られる苦痛の方が大きいため、損失を利益よりも大きく評価します。人間にはリスク要因に対してより強く反応するという習性があるわけです。

 オリンピックについては、「夢・希望」といった一般的な利益やプロ野球と比べた「選手・関係者はワクチン接種済み」というプラス面よりも、「国外から多数の選手・関係者が来日する」という損失(マイナス面)に注目が集まるのです。

時間切れで意思決定できず、開催へ?

 リスク要因をより大きく評価するというプロスペクト理論の教えからすると、今後、選手・関係者の来日が近づくにつれて、「本当に大丈夫か?」という懸念が強まり、反対派の声がさらに大きくなると予想されます。

 では、反対派の世論が大きくなったら、最終的に中止が意思決定されるでしょうか。これはなかなか微妙なところです。

 オリンピックの「開催」は、すでに2013年に意思決定されています。それに対し「中止」は、これから新たに行う意思決定です。先ほど紹介したオリンピックの意思決定の四つの難しさからすると、開幕が約50日後に迫った現在の状況で新たに大きな意思決定をするのは、極めて難しいでしょう。

メダルのイメージ(画像:写真AC)



 ということで、良いか悪いかは別にして純粋に意思決定論の分析からは、「時間切れで中止を意思決定できず、オリンピックは開催される」と予想されます。


【データ】医師1339人に聞く「東京オリンピック開催可否」

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